黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
「あら、依都さんですね」

 私に気づいた楢村さんが、さっきまでの不穏な空気を感じさせない笑みを浮かべる。彼女もまた、演技派らしい。

「こんにちは」

「社長も到着したばかりです。この先のお部屋ですから」

 最後にさらに笑みを深め、彼女はこの場を後にする。その表情には、自分の想う相手を盗られるなどという不安や陰りは少しも見られなかった。

 彼を信じきっているのか、それともこんなことは日常茶飯事で感情を隠すのもお手のものなのか。
 
 今聞いた話は、なにかの切り札になるかもしれない。私が事実を知っていることは、伏せておいた方がいいだろう。

 扉の前で立ち止まり、大きく息を吐き出す。
 ノックをすると、「どうぞ」と宇和島さんの声が返ってきた。こちらもまた、さっきまでの緊迫した空気は少しも悟らせないほどの穏やかさだ。

「依都さん。来てくださって、ありがとうございます」

 立ち上がった彼が、感じのよい笑みで私を迎え入れる。
 この丁寧な口調は対外用のものだともう知っている。その浮かべた笑みも、作り物でしかない。

「いえ。今日は私の方からお願いしたので」

 向かい合わせに席に着く。

「ここはうちの関連会社が経営している店なんです。ケーキはどれも全品ですから、ぜひどうぞ」

 ドリンクだけにするつもりだったが、こう言われてしまっては頼まざるをえない。
 オーダーを済ませて、あらためて彼に向き直った。
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