黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 逡巡しながら、視線を彷徨わせる。
 そんな私から彼がいっさい目を逸らさないのを、痛いほど感じていた。

「どうする、依都。俺の手を取るか、それともまだ悪あがきを続けるか」

 即座に応えられない私に、彼は「結果は見えているけどな」とさらに追い打ちをかけてくる。

 経営者として経験豊富だろうこの人から見れば、私たちの力だけで糸貫庵の再興を目指すのは難しいとわかってしまうのだろう。

 私も短期間とはいえ旅館の仕事に携わってきて、それがどれほど困難かを実感した。いずれ新しいエリアがオープンしたら、糸貫庵から客足はさらに遠のくに違いない。
 地域ぐるみで奮起していくべきなのに、再開発で住民間の意見が割れている中、足並みをそろえるのは不可能だ。

「今、この場で決めてもらおうか」

 私を試すように、宇和島さんが挑発的な視線を向けてくる。

「私は……」

 落ち着けと、自身に言い聞かせる。

 彼が私に惹かれているなんて、どう考えたって信じられない。事を円滑に運ぶための、口から出まかせに違いない。
 ただ意外なことに、婚約を結ぶのではなくてすぐにでも結婚するつもりのようだ。

 目的は、やはり糸貫庵とその周辺を手中に収めるためなのだろう。待っていてもいつかは手にできるものかもしれないが、私が思っている以上に宇和島リゾートとしても時間的なリミットが迫っている可能性がある。
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