黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 勝手な主張ばかりして怒っていないのか。さすがに出しゃばりすぎだと、自分でも思っているのに。

 そろりと視線を上げると、光毅さんが面白そうに私を見返してくる。初めて目にしたその自然な笑みに、拍子抜けした。

「依都のやりたいようにすればいい。それだけか?」

「う、うん」

 つい気安い返事をしてハッとする。

「かまわないと言ったろ?」

 口もとを覆った私を、光毅さんがおかしそうに笑った。

 これをきっかけに、少しずつ緊張が解れていく。とりあえず使命は果たしたと、肩から力が抜けていった。
 さらに今後について話し合った中で、できるだけ早くに祖父母に挨拶をして婚姻届を提出すると宣言される。

 本当に結婚するなんて私の予定とはずいぶん話が違ってしまったが、光毅さんとしてもそこまですれば祖父母を安心させられて強固な信頼につながると考えているのだろう。糸貫庵を少しで早く手に入れるための、彼の作戦だ。

 彼のこの姿勢を非難するつもりはまったくない。私だって結婚を利用して糸貫庵を守ろうとしているのだから、おあいこだ。

 ようやく解散する頃には、彼とふたりきりでいるのもなんだか慣れてきた。気も緩み、ケーキもしっかり楽しめたほどだ。

「依都」

 立ち上がったところで呼ばれて、光毅さんの方を振り向く。
 その瞬間にふわりと抱きしめられて、頭が真っ白になった。
 しだいに状況を理解して身をよじったが、彼はそれほど力を込めていないようなのにビクともしない。

「逃げるな」

 ピクリと反応して動きを止める。

「依都はそのままでいい。そして、早く俺に堕ちろ」

 耳の近くでささやくように言われて、ぶるっと体が震える。
 これは見せかけの結婚でしょ?と、心の中で問いかける。彼には楢村さんがいるのにと、複雑な気持ちだ。

 あたふたしているうちに、やっと離してもらえてほっとする。

「送っていく」

「えっ、あっ……ちょっと」

 さすがに自宅までは遠すぎると主張して、なんとか最寄り駅で妥協してもらう。その道中はほとんど会話がなくて、自分はこれからどうなるのかとずっと考えていた。
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