黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 地元に足しげく通い、さんざん顔を売ってきた。おかげで反対派という立場にありながら、悩み事を打ち明けてくれる人もでている。その解決策のひとつとして、宇和島リゾートに土地を任せてもらえないかと訴え続けるしかない。

 手っ取り早いのは、この地の売りである温泉施設や宿泊施設の経営者を取り込むこと。そのおかげで経営ができていた土産物屋や飲食店などは、彼らが賛成に回れば必然的に追随せざるをえなくなる。

 そこでこの案件の担当者が真っ先に目をつけたのが、老舗旅館の糸貫庵だった。

 温泉街の最奥に位置する糸貫庵は歴史が古く、さびれた地にありながら昔なじみの客に今でも支持を得ている。温泉街で一番の大手と言っても過言ではない存在だ。

 糸貫庵を潰すのは惜しい。それは当初から社内での共通認識だった。

『改修や移築する必要はあるかもしれませんが、糸貫庵をあの温泉街の歴史の象徴として残すのは有効だと考えています』

 会議でそう発言したのは、このプロジェクトの責任者だ。

『三世代そろって旅行に来てもらおうと思と、どうしても子どもに焦点を当てた賑やかな施設が多くなりがちです。ですがそこで昔からあるものがひとつでも残っていたら、祖父母世代も懐かしさを感じながら楽しんでもらえるのではないでしょうか』

 現状のままとはいかないが、糸貫庵はその名前と建物を残す。そう意見が一致した。
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