黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 糸貫庵の近くへ行けと、彼女の姿を何度か見かけた。旅館の仕事に関して素人のため、事務仕事や外回りの雑用を請け負うことが多いらしい。

 気持ちとか熱意とか、そんな根性論のようなものだけでは問題解決はできない。その先にはなにも残らないだろうに、彼女はいつでも熱心だ。もっと楽にすればいいのにと、憐れになってくる。

 けれど俺から見れば無力な彼女が必死になる姿は、嫌いではなかった。

 なにかに向けて努力して最後まであがく姿は、素直に尊敬する。常に結果を求められる立場にある俺としては、自由に決断のできる彼女が羨ましかった。

 一度、彼女と話をしてみたいと、気持ちが揺れる。それが買収のためなのか、それとも個人的な興味なのか。自分の感情に、あえて答えは出さないでいた。

 依都とふたりで話す機会は、意外とすぐに訪れた。
 仕事が休みで市街地まで買い物へ行く彼女を、送っていくと少々強引に車へ促した。

 よく知らない男の車に乗せられて、警戒心をむき出しにするのは無理もない。その姿はさながら小動物のようで、失礼ながらかわいらしいと思った。正直にそれを言ったら彼女はきっと怒ってしまうだろうと、横目で依都を観察する。

 感情に左右されやすくて、行動原理が単純。それが最初に抱いた依都の印象だった。
 お人好しすぎていかにも騙されそうで、誰かがそばで見ていてやらないと心配になる。

 彼女の場合、それは大和という幼馴染なのだろうか。ふたりが親しげにしている様子を見かけたが、彼が依都に想いを寄せているのは明らかだった。ただし一方通行のようだと、彼女の話しぶりからわかる。

 仕事を手放してきたと知ったときは、その無鉄砲さにあきれていた。
 けれど、真っすぐな熱意は案外心地よい。
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