黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 そんなふうに感じていたそのとき。

「私に大事にしたいものがあるように、宇和島さんにも守るべきものがあるはずですから」

 彼女のその発言に、らしくなく返答に窮した。

 てっきり自分は、依都にとって大切なものを奪う憎き存在なのだと思っていた。それなのに彼女は俺に敵意をいっさい見せず、労わるような視線を向けてくる。

 依都のその言葉に、その視線に、救われた気持ちになった。
 
 折しも、前日に視察に赴いた先でいわれのない抗議を受けたばかりだった。

『あんたはいいよ。どうせ金に困ったことなんて一度もないんだろうが』

 そう言って詰め寄ってきたのは、再開発で土地を手放して夫婦で他所へ移り住んだ男だ。

『俺はなあ、全部なくしちまったんだ。仕事も金も、生まれ育った故郷もな』

 酔っぱらっているのだろう。アルコール臭の漂う呼気に、密かに眉をひそめる。

『あんたらが贅沢している裏には俺らの犠牲があるって、ぜっていに忘れるな』

 暴力に訴えられなかっただけましというもの。

 宇和島サイドに落ち度はなかったと、楢村の調べではっきりしている。

 俺に詰め寄ってきた男には、再雇用の先があったのだという。給料面での条件が、店を営んでいた頃に比べて多少落ちる。だが、先細りの商売を続けるよりも長く続く収入が見込めるのだから悪くない話だった。
 本人の希望する職種かどうかはわからないが、最初からそれを承知した上で買収に応じていたはず。

 それにもかかわらず男はすっかり腑抜けになってしまい、働かないばかりか酒に溺れる始末。楽な方へ流され続ける夫に愛想を尽かした彼の妻は、さっさと仕事を見つけて別居に踏み切っていた。

 強いて言えば、これまで自営業を続けていた彼には、雇われる側に回るのは気持ちの面で思うところがあったのかもしれない。
 それでも、この結果は自業自得だろう。俺にとっては、完全にとばっちりでしかない。
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