黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 俺には俺の守るべきものがあり、男だって同様だったはず。そこで努力を怠った自分が悪いのだと、誰か気づかせてやってほしい。

 形だけでも俺が謝罪をすれば、彼は納得するのか。そう投げやりにもなるが、こちらに非はないのだから簡単にはできない。言質を取られて不利な立場に立たされれば、会社が不利益を被ることになる。

 そういう鬱憤を嘆きたくても、社長という立場が許してくれない。弟や楢村なら共感してくれるだろうが、俺を慕う彼らに情けない姿を晒すのはプライドが許さない。

 それでも誰かにわかってほしかったのかもしれない。身内や会社の関係者ではなく、まったく違う誰かに。悪役で居続けるのも、なかなかしんどいものなのだと。

 依都のことを単純などと言えない。不甲斐ないが、彼女のたったひと言に心を持っていかれてしまった。

 けれども、俺たちは根本的に対立する関係だ。ストレートに依都に交際を申し込んだところで、断られるのがおちだろう。

 彼女に求婚する理由をつけようと思えば、いくらでも可能だ。
 幸いにも糸貫庵の支配人をはじめ、女将も若女将も俺に対して好印象を抱いているのは伝わってくる。彼らの前で依都に対する気持ちを伝えれば、簡単には拒否されないだろう。併せて糸貫庵の今後に関する提案も持ち出せば、うなずく以外の返答は残されていない。結婚とは無関係の話だとしても、当事者としてはどうしたって結びつけてしまう。

 ほしいと思ったものは、最短で確実に手に入れる。依都の気持ちは、その後ゆっくり俺に向けさせていけばいい。
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