黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
「さあ、そろそろ寝るか」

 もうすぐ夜の十二時になるところだ。私を拘束していた腕がようやくほどかれてほっとする。
 が、まだ油断をしてはいけないことは、すでに学習済みだ。
 逃げるように素早く立ち上がる。

「おやすみなさい!」

 そのまま一目散に自室へ向かおうとしたが、伸ばした彼の腕に再び捕まっていた。いつものことだ。

 お互いに向き合うように、体を反転させられる。
 前に立った彼の顔は見上げないと視界に入らないが、そうする勇気はない。
 彼はぎゅっと抱きしめて、それから髪に口づける。その直後に、体がふわりと浮いた。

「うわっ」

 咄嗟に女性らしくない声が漏れたが、気にする余裕なんてまったくない。不安定さが怖くて、無意識に彼に縋りついた。

「甘える依都もかわいいな」

「お、落ちないように、自衛しているだけです」

 横抱きにされるのも、いつものことだ。こうやって彼は、すぐそこの私の寝室まで送り届ける。

 あたふたしているうちに部屋の前で降ろされた。

「おやすみ、依都」

 私が自分の足でしっかり立ったのを確認した彼は、そう言いながら扉を開けて中に入るように促した。

 呆然と立ち尽くす背後で、部屋の扉がパタリと閉まる。それから、彼が去っていく足音が小さく聞こえた。
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