黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 店先に置かれた、メニューを書いた黒板がかわいらしい。黒板は車に這わせた蔦系の植物のレプリカも、とてもオシャレだ。
 どうやらこのお店は、サンドイッチやスコーンなどの軽食を提供しているらしい。それから、お店自慢だというコーヒーも提供している。

「お仕事ですか?」

「いいえ。今日はプライベートで旅行に来たんです」

 対外用の仮面をかぶって、光毅さんがにこやかに答える。

「ということは、そちらの女性は……?」

 そう言いながら、店主が私に期待するような視線を向けた。

「最近、結婚したんです」

 光毅さんが、半歩後ろに立っていた私の背中をそっと押す。

「つ、妻の、依都です。よろしくお願いします」

 他人に対して、〝妻〟と口にするのがこれほど気恥ずかしいとは思わなかった。

「まあ、おめでとうございます。どうしよう……そうだ! お祝いにコーヒーを淹れるのでちょっと待ってくださいね」

 断る間もなく準備に取り掛かった彼女に、光毅さんが苦笑した。

「はい、どうぞ」

「気を使わせたみたいで、すみません」

 光毅さんが申し訳なさそうにする。

「いいえ。今の私があるのは、社長のおかげですから。お祝いや恩返しにっていうには、こんなもので申し訳ないんですけど。はい、奥様もどうぞ」

〝奥様〟なんて言われて声をあげそうになる。

「あ、ありがとうございます」

「楽しんでいってくださいね」

 店主に見送られて、近くのベンチに座る。
 温かなコーヒーを、ひと口含む。

「美味しい」

 香りもよくて飲みやすく、自然と笑みが浮かんだ。
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