黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
「さっきの女性は、ご主人とふたりでカフェを営んでいたんだ」

 過去形ということは、もうそのお店はないのかもしれない。

「このエリアから人足が遠のくにつれて店も売り上げが減り、経営難に陥っていた。けれど夫婦は長年の夢だった自分たちの店をどうしても手放せず、借金が膨らむ中で営業を続けてしまった。再開発の話が出た当時、夫婦はもうここまでかとすっかり追い詰められていた」

 視線を手もとに落とした彼は、それからゆっくりとコーヒーを口に含んだ。
 店主の手作りだというスコーンは、サクッとして食感がいい。一緒に添えられていたクロテッドクリームとの相性も抜群によくて、すっかり気に入った。

 この味で経営難になるのかと、信じられないくらいだ。

「こんなに美味しいのに……でも、人が来なければどうにもならないのかあ」

 小さく嘆いた私に、光毅さんがうなずく。

「可能性はまだある。そう思って、夫婦には俺からキッチンカーでの出店を勧めた。ご主人は躊躇していたが、奥さんの方は現状を打開できるのならと乗り気で。せっかく手に入れた店舗を明け渡すのは抵抗があっただろうが、結果としてふたりは成功している」

 そう言いながら、彼は白いキッチンカーをチラリと見た。
 そういえばご主人はどうしているのだろうと、私も同じ方を見る。

「このエリアがオープンする前に、ふたりは別の地域でキッチンカーの営業を始めた。最初は手こずっていたが、少しずつ客がつくようになって。ご主人の方は今、そこのアウトレット内で店舗を構えている」

「……よかった」

 お店を持つことというふたりの夢は再び叶えられたと知って、私までうれしくなる。

 もしかして光毅さんは、こうなる未来まで予期していたのかとこっそり隣を見る。
 遠くを見つめる彼の瞳には、一体なにが映っているのだろう。なんだか無性に光毅さんのことを知りたくなったが、どうやって聞けばいいのか私にはわからない。
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