黒き噂の辣腕社長は強がり契約妻に生涯愛を絶やさない
 その後も、目的の水族館にたどり着くまでに数人に声をかけられた。

 どこかのお店の制服を着た人もいれば、観光案内に従事する人もいる。交わされる話の内容から、再開発前もこのエリアで仕事をしていた人ばかりだとわかった。

 誰もが彼に感謝の言葉を伝えていた。光毅さんはそれを素直に受け取りつつ、けれどそれほど大したことはしていないと返す。
 彼はここで慕われている。それは隣で見ていて十分にわかった。

 それだけに、糸貫庵の利用客に聞いた彼への恨み言もネットで見かけた非難する内容も、とても信じられない。

 私の中にあった彼への反発心が、小さくなっていく。
 光毅さんが善意だけで動いているわけではないと、偶然立聞きした楢村さんとの会話でわかっている。
 彼の本心を知らないままでいたらよかったのにと、考えて気持ちが揺らぐ。

「どうかしたか?」

 水槽を泳ぐエイを前につい考え事をしていると、不意に光毅さんが身を屈めて顔をのぞいてきた。
 距離の近さに驚いて目を瞬かせると、くすりと笑った彼が私の額に素早く口づけてくる。

「こ、公衆の面前です!」

 私の小声の抗議に、光毅さんがニヤリと笑う。

「ひと目がなければかまわないんだな。いいことを聞いた」

「ち、ちが……」

 そうじゃないと否定したいが、周囲が気になってはっきりとい返せない。おまけに反論は許さないとでもいうように彼が私の唇に人差し指を当ててくるから、否応なしに口をつぐんだ。

 これだけのことでドキドキするなんて不本意だ。恋愛事に不慣れがゆえに、すぐにうろたえてしまう。
 そんな私をおもしろそうに見つめながら、彼は指を絡ませるようにし手をつないできた。
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