甘えたがりのランチタイム
「エプロン、貸してくれてありがとう」
「気にしないで。それより温かいうちに食べちゃおう。西園さんが作ったきんぴらごぼうが、さっきから気になって仕方ないんだ」
「えっ、至って普通のきんぴらごぼうだから期待しないでね」

 二人はリビングのソファに並んで座り、テレビ前のガラスの天板のローテーブルの上の豪華な食事に手を伸ばす。

 茉莉花は最初に見た時からずっと気になっていた、塩麹に漬け込んであった豚のロース肉を頬張る。その瞬間、瞳をまん丸に開き、勢いよく裕翔の方を向いた。

「柔らかくて美味しい!」
「本当? 西園さんに褒めてもらえるなんて嬉しいな」

 そう言いながら笑った裕翔を見て、茉莉花は胸がツキンと痛むのを感じる。

 料理に誘った本来の目的は、失恋の痛みを紛らわせてあげたいとの思いからだったが、実際に彼がどう思っているかはわからなかった。

「きんぴらごぼうも味が染みてて美味しい。あんな短時間だったのに。しかも水にさらしてなかったよね」
「前に水にさらすと、栄養素が逃げちゃうって前に聞いて、それからはよく炒めて、よく煮るようにしたの」
「へぇ、すごく勉強になるなぁ」

 茉莉花は彼の話を聞く勇気が出ず、眉間に皺を寄せながら、目の前の食事を口に運ぶしか出来なかった。

「西園さん、そんな顔しないで。なんていうか、ちゃんと……気持ちは伝わってるからさ」

 彼の言葉に驚いた茉莉花が顔を上げると、裕翔は笑顔で食事を頬張っていた。

「お腹が空いてると、悲しくなっちゃうって本当だね。今はすごく元気が出たよ。しかも料理教室の延長みたいで楽しかったし」

 茉莉花の心の願いが伝わっていたことを知り、安心感に包まれる。

「それに付き合ってまだ四ヶ月くらいだし、なんというか、傷が浅く済んだかなっていう気がするんだ」

 傷が浅いとは本当だろうかーーあの時の彼の表情は、深く傷を負ったようにしか見えなかった。でも裕翔がそう言うのだから、否定するのはおかしいと思った。

「それにね、彼女に食べさせたくて始めた料理教室だけど、千佳子先生は面白いし、西園さんと仲良くなれたし、なんか毎週楽しみで仕方なかったんだよね」
「彼女に料理、作ってあげたことはあったの?」
「それがまだ。週末に呼ぶつもりだったんだけどね……。昨日取引先に行って直帰しようとしたら、まさかの現場に遭遇しちゃってさ。だから今日呼び出したんだ」

 そしてその現場に偶然私が遭遇してしまったのか……なんてタイミングだろうーー申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
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