甘えたがりのランチタイム

4 しょっぱい卵焼き

 朝目が覚めると、正樹が隣で寝ていた。今まではそれが当たり前で、彼の寝顔を見ると安心していたはずなのに、今は朝を迎えること自体が不安だった。

 今日はいるのか、いないのかーーそんな思いに振り回されることに、疲れを感じ始めていた。

 しかし今朝はいつもとは少し違っていた。

 風見くんがお弁当を作ってきてくれるーーそう考えるだけで心が躍り始め、正樹の帰りを待たずに眠りについてしまったのだ。

 昨夜は終電に間に合ったらしく、いびきをかきながら気持ち良さそうに眠っている正樹を横目に、茉莉花は静かにベッドから降りて洗面所で身支度を整える。

 そしてキッチンに行くと食パンをトースターに入れ、冷蔵庫からほうれん草とベーコン、昨夜茹でておいた玉子を取り出した。

 ほうれん草の炒め物と、ゆで卵。それから鍋でお湯を沸かし、豆腐の味噌汁を作っていく。

 不思議なことに、なんとなく義務的にこなしてきた作業が、いつもよりも楽しく感じた。

 テーブルの上に食事が並ぶと、正樹があくびをしながら起きてくる。

「おはよう」
「おはよう。昨日は先に寝ちゃってごめんね」

 しかし茉莉花の言葉には応えず、正樹は洗面所で顔を洗うと、眠そうに目を細めながら茉莉花の向かいの席にドカッと腰を下ろした。

 聞こえなかったのだろうかーー胸がツキンと痛んだが、再び聞くことはしないでため息をついた。

 無言のまま食べ始めた正樹は、目の前に茉莉花がいることに違和感を覚えたのか、不思議そうに茉莉花を見つめた。

「あれ、今日は弁当は作らないの?」
「あぁ、うん、今日は友だちと外で食べようって約束してて」
「ふーん、まぁ弁当は荷物になるし、食べちゃった方が楽だよな」
「うん……たまにはね」

 まるで弁当を作っている自分を否定するかのような言い方に、茉莉花は胸がチクリと痛んだ。

 正樹のことが好きなのに、彼からは同じくらいの想いを感じられず、自分だけが好きでいるような孤独感を覚える。

 正樹の笑顔、最近見なくなった気がするのは思い過ごしだろうかーー時間が経てば二人の関係に変化が訪れるのは当然だと思う反面、お互いを想う気持ちは変わらないでほしいと願う自分がいた。

「茉莉花、今日って仕事忙しかったりする?」
「えっ、別にいつも通りだよ。なんで?」

 突然の言葉に、茉莉花は口ごもりながらそう答える。

「あのさ、今夜話したいことがあるんだ」

 胸騒ぎがした。なんとなく、いい話ではないような予感がして、急に心臓の音が速くなっていく。

「うん、わかった。じゃあ早く帰るようにするね」

 なんとか笑顔を浮かべて答えたが、呼吸をするのもままならないほどの息苦しさを感じる。

 茉莉花の言葉を聞いて頷いた正樹は、再び無言で食べ始める。彼の口からそれ以上の言葉はなく、ただ時間だけが過ぎていった。
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