甘えたがりのランチタイム
* * * *

 夕飯の買い物をすませ、アパートに向かって歩いていく。だがその足取りは重かった。

 でも裕翔が言う通り、取り越し苦労である可能性もある。なんとか自分を奮い立たせ、部屋のある二階までの階段を上り切ると、自分の部屋の窓から明かりが漏れていることに気付いた。

 正樹はもう帰っているーーそう思うだけで、冷や汗が止まらなくなったが、笑顔を顔に貼り付けると、意を決して扉を開けた。

「ただいまー! 遅くなってごめんね」

 リビングダイニングには正樹の姿はなく、どうやら奥の寝室にいるらしい。とりあえず顔を合わさずに済んだことにホッとしながら、キッチンに買ってきた物を置いた。

「おかえり」

 背後から正樹の声がし、茉莉花は振り返ることはせずに、袋から買ってきた物を出していく。

「今から作るから、ちょっと待って……」
「夕食はいいからさ、話がしたいから、こっちにきてくれるかな」

 緊張のあまり、手が止まる。呼吸の仕方も忘れ、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 茉莉花はゆっくりと振り返り、背後に立つ正樹の顔を見る。珍しく真剣な表情を浮かべ、茉莉花と目が合った瞬間、正樹は気まずそうに視線を逸らした。

「……話って何?」
「うん……あの……茉莉花に謝りたいことがあって……」
「謝りたいこと?」
「最近ずっと朝帰りとかで帰れなかったり、ご飯も全然食べられなかったし……ごめん」
「それは仕事のお付き合いもあるだろうし、全く気にしてなかったよ」
「……それだけじゃないんだ」
「それだけじゃないって……?」

 正樹は口ごもりながら、唇を噛み締める。それはまるで何かを言おうとして、言うのを迷っているような様子に感じられた。

「茉莉花と付き合い始めた頃は、自分にはない物をたくさん持っていて、一緒にいるとすごく刺激を受けて、すごく楽しかったんだ。でも最近は……」
「……楽しくなくなった?」
「……というか、もっと友だちと遊びたいって思い始めた」

 あぁ、そうか。だから最近正樹の笑顔を見なくなったのかーーようやく彼の想いを理解出来た気がした。
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