甘えたがりのランチタイム
「じゃあ一つだけ。また今度でいいから、西園さんが作ってくれたお弁当が食べたいな」
「本当? 私も……作らせてもらえたらすごく嬉しい」
「良かった。楽しみだな」
「そ、そんなに期待しないでね! 普通のお弁当しか作れないから……」

 頬が熱くなるのを感じて、思わず顔を背けた。

 こんなふうにお願いされたのって、こんなに胸がワクワクしたのっていつ以来だろうーー嬉しくて涙が出そうになるのを、下を向いてグッと堪える。

 その時、エコバッグの底にまだ何かが入っていることに気付いて、カバンの中へ手を差し入れる。大きめのフードコンテナの中にあったのは、ガラスの器に盛られていたクレームブリュレだった。

「えっ……これって……」
「やっぱりデザートがあった方が嬉しいじゃない? だからぱぱっと作ってみた」

 茉莉花は思わず目を瞬き、それから吹き出した。

「クレームブリュレって、バーナーがないと作れないじゃない? ってことは、バーナーも家にあるの?」
「この間かっぱ橋に買い出しに行って、いろいろ買ったんだ」
「すごい! もう職人レベルだね」
「俺、形から入るタイプだから」
「でもちゃんと使いこなしてるじゃない。すごいよ」
「褒められたから、そういうことにしておこうかな。じゃあそろそろ食べようか」

 お喋りをしている間に、裕翔はフードコンテナに入っていた手作りのディナーの盛り付けを終わらせていて、いつでも食べられる用意ができていた。

 彼の手際の良さに感心しながら、二人は席について食べ始めた。

 鮭のムニエルを口に含み、あまりの美味しさに思わず笑みがこぼれる。

「実はね、自分で作る気が出なくて、朝も昼も食パンしか食べてなかったの。だから最後にこんなに美味しい食事にありつけて、すごく幸せ」
「……俺もさ、彼女にフラれたあの日、西園さんに会っていなければ食べる気も起きなかったと思うよ。完全に吹っ切れたわけではないけど、こうして笑顔でいられるのは西園さんのおかげだって思ってる」
「……私も、しばらく笑えないって思ってた。でももう笑っちゃった」
「もし西園さんが辛くなければたくさん笑ったらいいし、笑えなければ、俺が笑わせてあげるよ。そうやって少しずついつもの西園さんに戻っていければいいんじゃないかな」

 なんて甘くて優しい言葉だろうーー胸が熱くなり、茉莉花は泣きながら何度も頷いた。

「明日……もし良ければ風見くんにお弁当を作りたいな」
「本当? 楽しみにしてる」

 まるでクレームブリュレみたいーー苦い記憶を破ってくれたのは、風見くんのあたたかな心遣い。そして甘い言葉は茉莉花の傷ついた心を慰めてくれる。

 彼と仲良くなれて良かったと、心の底からそう思った。
< 25 / 29 >

この作品をシェア

pagetop