甘えたがりのランチタイム
 茉莉花は微笑ましく二人を見てから、ほかのメンバーに目を向けた。聖司の隣には上野(うえの)波斗(なみと)、その向かいの席には裕翔が座っていて、驚いて目を見開いた。

「あれっ、風見くん?」
「西園さん、こんにちは」

 普段裕翔を休憩室では見かけないので、不思議な感じがしながら彼の隣に腰を下ろした。

「休憩室にいるなんて珍しいね」
「食堂で食べる予定だったんだけど、今日はいつにも増して混んでたから、たまには休憩室に行こうってことになって」

 三人の前には、キッチンカーで買ってきたらしい弁当が置かれていてる。

 ガパオライスかしら。今度千佳子先生にお願いしてみようかなーーそんなことを思いながら自分の弁当を保冷バッグから取り出し蓋を開けた。

 すると裕翔が興味津々という様子で、茉莉花の弁当箱を満面の笑みで覗き込んだ。

「もしかして手作り?」
「あっ、うん、そうだよ」
「茉莉花、毎日手作り弁当なんだよ」

 羽美が買ってきたサンドイッチを口に入れながら言うと、裕翔は茉莉花の弁当箱の中の鶏の照り焼きを凝視した。

 これは食べたいって言ってるのかしらーーまるで尻尾を振る犬のように見え、茉莉花は思わず吹き出した。

「あの……食べてみる?」
「えっ、いいの? 是非食べてみたいです!」

 その時、茉莉花の胸がとくんと高鳴る。作ったものを『食べたい』と言われた時の、心の底から湧き出る嬉しいという感情を、久しぶりに味わった気がした。

「風見ってば、図々しいぞー」
「だ、だってすごく美味しそうだから……」

 茉莉花はまだ使っていない箸で鶏の照り焼きを二切れ取ると、裕翔が食べていた弁当のケースに入れる。

「二切れもいいの⁉︎」
「うん、どうぞ」
「風見ってば、西園さんのお弁当が減っちゃうよー」

 裕翔の向かいに座っていた波斗が、からかうようにそう言ったので、裕翔は困惑した様子で茉莉花を見る。茉莉花は慌てて首を横に振った。

「大丈夫だよ! 昨日作りすぎちゃって……たくさんあるから食べて!」

 その言葉に背中を押されたのか、裕翔は一口で食べてしまった。

 それに対して、茉莉花と正樹の事情を知っている羽美は、怪訝そうに目を細めて裕翔を見たので、茉莉花は思わず苦笑いを浮かべた。

「美味しい! 結構時間かかった?」

 目を見開き、キラキラした表情で茉莉花の方を向いた瞬間、胸がキュンとときめいた

「そんなことないよ。でも……美味しいって言われると、作った甲斐があったなぁって思えるから嬉しいな」

 先ほどまでは、『正樹のために作ったけど、食べてもらえずお弁当のメインになった鶏の照り焼き』という存在だった。しかし彼に褒めてもらえたことで、心を占めていたマイナスの気持ちが、一瞬で消えてなくなる。
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