長すぎた春に、別れを告げたら
まずは自己紹介をした。あのビルで働いているというのは昨日わかっただろうけれど、どこの誰かまでは知らないはずだ。

「A:ROOMの社員なのは知っていました。先月訪問したときに見かけて、インパクトが強かったので」

まったく身に覚えがなく、目をぱちぱちさせる。

「私、なにをしていたんでしょうか?」

「リュックを背負って、ビルの階段を上がりながら本を読んでいたんです。その姿がまさに二宮金次郎でした」

「二宮金次郎っ?」

私は声を上擦らせた。

二宮金次郎は小学校の銅像になるくらい立派な人だけれど、当然全然うれしくない。

「器用ですね。でも危ないですからほどほどにしておいたほうがいいですよ」

淡々と諭されて、顔に熱が集まった。

まさか私が二宮金次郎に見えていたなんて。

五階にあるオフィスまで階段を使うのは私だけなので、今まで誰にも言われたことがなかった。

相良さんが注文してくれた料理が次々と運ばれてくる。

「食べましょうか」

「……はい」

私は小さくうなずいてフォークを手に取った。こうなったら恥ずかしさを紛らわせるためにおなかに詰め込もう。
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