長すぎた春に、別れを告げたら
不意にビルのエントランスから雨の音が聞こえて顔を上げた。

降水確率は二十パーセントだったのに大はずれだ。やっぱり確率論なんて当たらない。

折り畳み傘を取り出したとき、すぐ近くで空を見上げているスーツ姿の男性がいるのに気づく。

横顔があまりにもきれいで、ついみとれてしまった。

すっと通った鼻筋に、品のよい口もと、シャープな輪郭。理想的なバランスで、頬にかかる黒髪さえその端整な顔立ちを引き立てている。

同じビル内で働いている人だろうか。どうやら傘を持っていないようだった。

次第に強くなる雨は、すぐには止みそうもない。

「あ、待ってください。濡れますよ」

傘を差さずに外に出ようとする彼を、とっさに押し止めた。

彼がゆっくりと私に視線を向ける。

その仕草がやけに色っぽくて、信じられないくらいドキッとした。

「ああ、平気。濡れても溶けない」

独特な返答に、つい目をぱちぱちさせる。濡れても溶けない? 

「え?」

束の間、私たちは無言で見つめ合う。

たしかに溶けはしないだろうけれど、そういう問題じゃない。風邪をひくかもしれないし、高級そうなスーツが汚れる。

「これ、使ってください。私はオフィスにもう一本傘があるので」

私は彼に折り畳み傘を押しつけて、今下りたばかりの階段を上った。


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