皆に優しい幸崎さんは、今日も「じゃない方」の私に優しい
 週明け出社した私は、幸崎さんの顔を見ることが怖かった。あの夜、橘さんと腕を組んで去っていった彼の姿が頭から離れていかず、どんな顔をすればよいのかわからない。

「おはようございます……」
「佐倉さん、おはよう。もう体調は大丈夫?無理しないでね」

 恐る恐る挨拶をすると、彼はいつものように優しく微笑んでくれた。けれどその気遣いが、かえって私の心を締め付ける。
 橘さんとあの後どこへ行ったのか、何をしたのか。聞きたいけれど、聞いた所でどうだというのか。「デートした」と聞かされた時、自分がどんな反応をしてしまうのか。何もかにもが怖かった。
 そんなもやもやした気持ちを抱えたまま、就業時間が始まった。幸崎さんはいつもと何も変わらない様子で、仕事の手を止め、私に声をかけてくれる。
 けれど私は彼の言葉の一つ一つが気になりすぎて、作業に集中できずにいた。

(このままでは駄目だなぁ)
 
 夕方、給湯室でコーヒーを淹れていると、幸崎さんがやってきた。狭い室内には二人きり。「お疲れ様です」と挨拶したきり、会話が無いまま沈黙が室内に流れていく。
 私には彼のプライベートを聞く権利なんてないのはわかっている。けれど、このまま一人ギクシャクしてしまうのはやっぱり何かが違うと思う。
 私は意を決して口を開いた。

「先日は、お見舞いありがとうございました」
「ああ、ほんの少しだけだけど。佐倉さんの体調が良くなったならいいんだ」
「あの……橘さんと、あの後、どこかに行かれたんですか?」

 発した声は緊張のあまりか、自分でも驚くほどに小さく、掠れていた。幸崎さんは、そんな私に一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、少しだけ笑った。

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