皆に優しい幸崎さんは、今日も「じゃない方」の私に優しい
 その日の夜、ベッドに潜ったものの中々寝付けなかった私は、ぼんやりと天井を眺めていた。幸崎さんの笑顔、そして橘さくら。彼らの関係は一体どういうものなのだろう。化粧室での彼女の言葉を思い出す度に、胸がなぜか締め付けられる。それは大切なものが他の誰かに取られてしまった時に起きる、今迄何度か経験したことのある、切ない痛みだった。

(あ……。私、幸崎さんが好きなんだ……)

 その考えが頭に浮かんだ瞬間、全身の血が沸騰したかと思うくらいに熱くなった。そうだ。私は、幸崎さんのことが好きなのだ。
 彼の優しい笑顔も、温かい手の感触も、私だけに向けられた特別なものだと、心のどこかで信じたかった。だから橘さくらの言葉が、あんなに辛く感じたのだ。

 恋心を自覚したと同時に、私は激しく動揺していた。彼は誰にでも優しい。私にだけ特別に優しいわけじゃない。しかも彼は私の教育係であり、お世話になっている先輩だ。今の関係性を壊したくないなら、この想いに蓋をしたほうが良いのではないか。 

「……でも、それでいいのかな」

 私はベッドから起き上がり、カーテンの外をそっと覗いた。窓の向こうには淡く星が瞬いている。
 このまま想いを伝えないままでは、きっと何も変わらない。橘さくらの言葉に一喜一憂して、周りを気にしてばかりいては、私はいつまでも「じゃない方の佐倉」のままだ。 
 これは、ただの片思いかもしれない。けれど、この胸には幸崎さんへの切なくて温かい想いは、確かに存在しているのだ。
 
 この想いを大事にしよう。
 
 そう決意した私は、この恋の為、少しだけ強くなろうと決心した。

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