皆に優しい幸崎さんは、今日も「じゃない方」の私に優しい
「佐倉美和、ねえ」
 
 それは新入社員研修での自己紹介での事だった。
 私が「佐倉」と名乗った瞬間、同じ班になった「橘さくら」が露骨に嫌な顔をした。

「えー、やだ! 私と同じ名前じゃん」

 橘さくらは学生時代に読者モデルをしていただけあって、誰もが振り返るような美人だった。その一言に、周囲の同期たちも「あー、マジか」「紛らわしいね」と同意を示す。

「佐倉とさくらなんて紛らわしくも何ともない。言いがかりだよ」
「気にしなくていいよ、佐倉さん」

 後でそんな慰めの言葉を掛けてくれる人もいたけれど、一度ついてしまった印象は覆せなかった。
 研修中、講師は資料を配るたびに「さくらさんと佐倉さん……ねぇ」と、わざとらしく二人の顔を見比べる。
「橘の方のさくらさんの意見は?」「もう一人のほうはどう?」と、何かにつけて橘と比較される度に、自分の存在価値を否定されたような気になってくる。  
 被害妄想と言われればそうなのかもしれない。けれど私は無意識のうちに、橘さくらとの距離をとるようになっていた。

 その後営業部に配属が決まった時は、心の底から安堵した。営業部は会社の中心部署の一つでとても忙しいと聞く。けれどそんな事よりも、広報部に配属された橘さくらと別々になった事のほうが嬉しかったのだ。
 これで心機一転、頑張れるはず。
 そう思っていたけれど、現実はそれ程甘くはなかった。
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