皆に優しい幸崎さんは、今日も「じゃない方」の私に優しい
「えー!幸崎さんて佐倉さんのこと好きだったの?!」
「嘘、信じられない!」
「嘘じゃないよ。けど、付き合う事になったからって、同僚として何かが変わるわけじゃない。勿論これからも業務には支障無いよう充分に配慮もする。だから……皆、俺と佐倉さんの事、温かく見守ってもらえたら嬉しいです」

 幸崎さんが深々とお辞儀すると、どこからともなく拍手が鳴り始め、それはやがて大きな祝福の渦になった。まさか彼がこんな風に皆の前で公言してくれるなんて。私の心臓は、驚きと喜びで激しく跳ね上がっていた。私に向けられた最高の愛情表現が誇らしくて、嬉しくて、涙がこぼれ落ちそうだった。
 一方で橘さくらの顔から、サッと血の気が引いていくのが分かった。美しい笑顔は崩れ去り、唇が小さく震えている。

「そ、そうだったんですか……?おめでとうございます……」

 絞り出すような声で呟くと、まるで何かから逃れるかのように、彼女は急ぎ足でその場から去っていった。
 後に残されたのは、私たち二人と、驚きと好奇心に満ちた周囲の視線だった。

 幸崎さんは、私のほうを向き、優しい笑顔を見せた。その笑顔は、もう誰にでも分け隔てなく向けられる「優しい幸崎さん」のものではなく、私だけに向けられた、愛情に満ちた笑顔だった。

 その後幸崎さんが皆の前で交際を宣言してくれたおかげで、社内では私たちの関係は公認となり、私を見る周囲の目も温かくなったように感じていた。
 幸崎さんと付き合い始めてから、私の世界は少しずつ色を変えていった。会社へ行くのが楽しみになり、仕事も今まで以上に頑張れる。
 そんな充実した日々を過ごしていたある日の午後。給湯室でコーヒーを淹れていると、背後から冷たい声が聞こえてきた。

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