冷徹御曹司は誤解を愛に変えるまで離さない

第十四章 揺らぐ確信

 それは、取引先との大型契約の打ち合わせが終わった帰り道だった。
 私は会社の車で駅まで送ってもらい、そこから自宅へ向かうつもりだった。
 ──だが、駅前の交差点で、突然ブレーキ音と怒号が響いた。

「危ない!」

 視界の端から、猛スピードのバイクが突っ込んでくる。
 咄嗟に身を引こうとした瞬間、強い腕が私を抱き寄せた。

「っ──!」

 衝撃は来なかった。
 目を開けると、私をかばうように抱き締めた颯真の顔が目の前にあった。
 すぐそばで感じる荒い息。
 バイクは転倒し、周囲がざわめいている。

「……大丈夫か」

 低く震える声。
 いつもの冷静さは微塵もなく、ただ必死に私を確かめるような眼差し。

「ど、どうして……ここに」

「お前が外出すると聞いたから、念のため来た。……間に合ってよかった」

 腕の力がさらに強くなる。
 まるで、この世で一番大切なものを失うのを恐れているかのように。

「颯真……?」

「二度と、こんな目に遭わせない」

 その言葉は真剣で、疑いようのない熱を帯びていた。
 ──やっぱり、この人は私を……。
 胸の奥で、確信に似た感情が芽生えかける。



 しかし、その夜。
 屋敷に戻ると、颯真はいつも通りの無表情に戻っていた。

「……ケガはないな」

「ええ」

「ならいい。……あとは休め」

 それだけを告げ、背を向ける。
 昼間のあの熱は、幻だったのか。
 また心の奥に、不安と迷いが広がっていく。

 ──信じたいのに、信じきれない。
 この壁は、いつになったら壊せるのだろう。
< 16 / 19 >

この作品をシェア

pagetop