臆病なあなたの、不完全な愛し方
星野が退社するのを見届け、伊山は息をついた。
元部下の力になってあげたい一心で星野を誘ったが、それがこんなに自分を動揺させることになるとは思いもよらなかった。
頭と心を落ち着かせるために、オフィス内をひたすら歩きながら思考を巡らせた。
まず、伊山を動揺させたのは星野の外見だった。
一昨日、二年ぶりに再会した星野は、地味なスーツを着て、ひどく疲れた様子だった。
自分が指導役をしていた、新卒のころの星野を思い出させるような雰囲気で、とにかく元気づけなければという使命感にかられた。
しかし、今日オフィスにやってきた星野はどうだろう。
オフィスの入り口に立った星野を見て、雛鳥が瞬く間に成鳥に育ってしまったかのような衝撃を伊山は覚えた。
星野は白地に黒いラインでアクセントがつけられたシンプルな五分丈のブラウスに、膝の少し下あたりで裾が揺れる黒いスカートをはいていた。控えめだが化粧を施された顔は、艶があり華やかだった。
過度な露出があるわけでもないのに、妙な色気を感じてしまい、そんな自分にショックを受けた。
さらに、期待と緊張が入り混じって高揚した表情が、伊山をとらえて笑顔に変わった瞬間に、なにかが、決定的ななにかが自分の中で変わってしまったことを伊山は自覚した。
いつも自分を慕ってくれる星野を、保護者のように見守り、支えてきたし、そんな自分に満足していた。
だから今回も、これまでのように上手くやっていけると思ったのだ。
「話が違う……」
二年という歳月は、女性をここまで変えてしまうものなのか?
外見の話だけではない。
かつて伊山の助けを必要としていた部下は、いまや彼を理解し支えられるほど有能な女性へと成長していた。
伊山が退職し、その庇護から外れたことが、星野の成長を促したのだろうか。
次に上司となった者が、星野の能力を引き出したのだろうか。
そう考えると、巣立ちの寂しさと自分が関われなかった悔しさが、架空の男への激しい嫉妬に変貌しそうだったため、この件に関しては、以後考えないことにした。
とにかく、自制心を強くしなければいけない、と伊山は真剣に考えた。
星野がオフィスチェアに座った自分の横に来るまでは、平常心を装うことができたのだ。
問題はその後だ。
星野がディスプレイを指し示すために身をかがめたとき、甘い香りが鼻先をかすめた。
そのとき伊山は、自身が張りつめそうになるのを必死に抑え込まなければいけなかった。
しかし元凶の女性は、まったく意に介さぬ様子で質疑を続けたため、数分の間、伊山は生きた心地がしなかった。
こんなことが、これからも続くとしたら、自分の身が持たないような気がした。
伊山は歩くのをやめ、オフィスチェアに腰をおろした。
ふと、デスクの端に置いていた雇用契約書が目に入った。
「雇用主と、従業員だ」
伊山はこの言葉を頭に叩き込んだ。
印刷して、オフィスの壁中に貼っておきたい気分だった。
元部下の力になってあげたい一心で星野を誘ったが、それがこんなに自分を動揺させることになるとは思いもよらなかった。
頭と心を落ち着かせるために、オフィス内をひたすら歩きながら思考を巡らせた。
まず、伊山を動揺させたのは星野の外見だった。
一昨日、二年ぶりに再会した星野は、地味なスーツを着て、ひどく疲れた様子だった。
自分が指導役をしていた、新卒のころの星野を思い出させるような雰囲気で、とにかく元気づけなければという使命感にかられた。
しかし、今日オフィスにやってきた星野はどうだろう。
オフィスの入り口に立った星野を見て、雛鳥が瞬く間に成鳥に育ってしまったかのような衝撃を伊山は覚えた。
星野は白地に黒いラインでアクセントがつけられたシンプルな五分丈のブラウスに、膝の少し下あたりで裾が揺れる黒いスカートをはいていた。控えめだが化粧を施された顔は、艶があり華やかだった。
過度な露出があるわけでもないのに、妙な色気を感じてしまい、そんな自分にショックを受けた。
さらに、期待と緊張が入り混じって高揚した表情が、伊山をとらえて笑顔に変わった瞬間に、なにかが、決定的ななにかが自分の中で変わってしまったことを伊山は自覚した。
いつも自分を慕ってくれる星野を、保護者のように見守り、支えてきたし、そんな自分に満足していた。
だから今回も、これまでのように上手くやっていけると思ったのだ。
「話が違う……」
二年という歳月は、女性をここまで変えてしまうものなのか?
外見の話だけではない。
かつて伊山の助けを必要としていた部下は、いまや彼を理解し支えられるほど有能な女性へと成長していた。
伊山が退職し、その庇護から外れたことが、星野の成長を促したのだろうか。
次に上司となった者が、星野の能力を引き出したのだろうか。
そう考えると、巣立ちの寂しさと自分が関われなかった悔しさが、架空の男への激しい嫉妬に変貌しそうだったため、この件に関しては、以後考えないことにした。
とにかく、自制心を強くしなければいけない、と伊山は真剣に考えた。
星野がオフィスチェアに座った自分の横に来るまでは、平常心を装うことができたのだ。
問題はその後だ。
星野がディスプレイを指し示すために身をかがめたとき、甘い香りが鼻先をかすめた。
そのとき伊山は、自身が張りつめそうになるのを必死に抑え込まなければいけなかった。
しかし元凶の女性は、まったく意に介さぬ様子で質疑を続けたため、数分の間、伊山は生きた心地がしなかった。
こんなことが、これからも続くとしたら、自分の身が持たないような気がした。
伊山は歩くのをやめ、オフィスチェアに腰をおろした。
ふと、デスクの端に置いていた雇用契約書が目に入った。
「雇用主と、従業員だ」
伊山はこの言葉を頭に叩き込んだ。
印刷して、オフィスの壁中に貼っておきたい気分だった。