臆病なあなたの、不完全な愛し方
宮前が帰った後、伊山は仕事が手につかなかった。

第三者からは恋人同士に見える、この関係性の歪さには気づいていた。

星野の好意に甘え、心の拠り所にしながら、伊山からはなにも与えない。
リスクを取らず、甘美な幻想にすがっている。

雇用主と従業員だから。

その大義名分がある限り、伊山はいつでも逃げられる。
だからこそ、星野の好意を安心して受け入れられるし、理性を試されるようなやりとりも楽しめた。

視線の先には、パソコンに向かって仕事をしている星野がいる。
ふと顔を上げ、伊山と目が合うと、少し照れくさそうに微笑んだ。

こんな卑怯で臆病な自分でも、勇気を出したなら、星野は愛してくれるだろうか。
共に歩む未来を選んでくれるだろうか。

『私は三十までに結婚したいの。あなたの夢には付き合えない』

かつて、結婚を望んでくれていた女性は、起業する伊山に失望し、去っていった。

光が見えず、息もできない奈落の底から這い上がるには、死に物狂いで仕事をするしかなかった。

いまやっと、小さな安らぎを手に入れたのに。

気持ちを伝えてしまったら、もう愛さずにはいられない。
愛するとは、「失う恐れ」を一生抱いて生きることだ。

もう、失うのは嫌だった。

星野を本気で愛してしまうのが怖い。
それでも、「愛したい」と思い始めている自分もいることに、伊山は気づいた。

もう少し時間が欲しい。
そうすれば、きっと踏み出すことができるはずだ。
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