臆病なあなたの、不完全な愛し方
「……なんでソファーなんだ」
「こういうのはシチュエーションも大事だと思いまして。なんなら照明も落とします?」
開発元が一番力を入れている色の口紅を塗った真奈美は、伊山から少し距離をとってソファーに腰かけた。
「いや……せっかくなら、じっくりと星野の唇を観察する」
「どうぞ。じっくり見てください。なにか閃くかもしれませんから」
攻勢に転じた伊山の発言に、真奈美の呼吸が少し浅くなったが、平静を装って言葉を返した。
しかし、やはり伊山の方が上手だった。
「そんなに離れてたら観察し辛いだろ」
腰に腕を回されたかと思うと、強い力で伊山に引き寄せられた。
真奈美の体の左側が、伊山の体に密着する。
あまりの衝撃に言葉を失い、真奈美はしばらく息ができなかった。
伊山に聞こえてしまうのではないかと思うくらいに、心臓が激しく鳴っている。
伊山の方は平然として見えた。
仕事のスイッチが入ったのだろうか、真剣に星野の唇を観察し、気づいたことを言語化していく。
「たしかにツヤと立体感があるな。塗ってないときよりふっくらして見える」
伊山に見られている間、真奈美は目を固く閉じていた。聴覚が研ぎ澄まされる。
観察結果を淡々と述べているだけなのに、真奈美は伊山に甘い言葉をささやかれているかのような錯覚に陥った。
不意に、伊山の指が、真奈美の下唇をなぞった。
真奈美は思わず息をのんだ。
「べたつくかと思ったが、案外サラッとしてるんだな」
真奈美の反応をよそに、伊山は感心したように言った。
真奈美はすでにこの計画を後悔し始めていた。
伊山がこんなにも乗ってくるとは思わなかったのだ。
真奈美の貧弱な計画では、キスをすると言っても、距離を取った状態でお互いに顔を寄せ、軽く唇を重ねるだけだった。
それだけで真奈美の望みは達せられるし、「仕事」だとお互いに言い張れるのはそのレベルだと考えた。
半ばパニックになりかけた真奈美の意識を、伊山の言葉が現実に引き戻した。
「キス、していいんだな」
腰に回された伊山の腕に、少し力が入った。
平静を装うことはもう諦めて、真奈美は慌てて補足事項を伝えた。
「キスって言っても、軽く唇を重ねるだけです。軽くです。それ以外のキスはダメです」
「なんで」
「なんでって、それは本気のキスだからです」
「ん?」
「え! だって、そういうキスは本当に好きな相手にしかしないイメージが……」
真奈美は自分の顔が赤くなっている気がした。
「星野の中ではそういう解釈なんだな。了解」
伊山が「了解」と言ったことに安堵し、真奈美は少し落ち着いた。
おそらく真奈美を待ってくれているであろう伊山の顔を恐る恐る見上げる。
「これは、仕事だ」
伊山の言葉に、真奈美も応えた。その声は掠れていた。
「そうです、仕事です」
真奈美が目を閉じると同時に、唇が塞がれた。
軽く重ねるだけならもう離れているはずなのに、未だ伊山の唇は真奈美の呼吸を奪っている。
真奈美が後ろに逃れようとするのを伊山のもう片方の手が阻止した。
後頭部にそえられた手が真奈美を伊山のもとへ押し戻す。
真奈美が身じろぎ一つできない間、何度か角度を変えて唇が重ねられた。
感触を確かめるように押し付けられ、離されるたび、真奈美はなにも考えられなくなった。
漏れ出てしまいそうな声を必死に飲み込む。
やっと伊山が唇を離したとき、真奈美の目は潤んでいた。
抗議の意味を込めて伊山を見つめ、その名前を呼ぼうと唇を開く。
すると、再び唇が重ねられ、開いた唇の隙間から、伊山の舌が中に入り込む。
抗うことができず、真奈美の口内は伊山に優しく征服された。
意識が朦朧とし、もう漏れ出る声を抑えることもできない。
真奈美が甘く鳴くと、腰に回された伊山の腕に力が入る。
真奈美は伊山の舌を受け入れた。
力を抜き、伊山の舌に自分の舌を絡ませる。
もう、キスだけで終わらせてほしくなかった。
真奈美の右手が、無意識に伊山の太腿をなでる。
後頭部を支えていた伊山の手が、まなみの胸を遠慮がちに包んだ。
大きく硬い手が、ゆっくり動く度に、真奈美の口から甘い声が漏れる。
その指が真奈美の胸の一番敏感な部分を刺激したとき、真奈美の体が大きく跳ねた。
そこで、「仕事」は終わった。
真奈美はしばらく何が起きたかわからなかった。
先程までそばにあった伊山のぬくもりは消え、ソファーに一人取り残されている。
真奈美に背を向けた伊山が、ソファーから少し離れた場所に立っていた。
今のはもう「仕事」ではなかった。
真奈美の補足事項に、「了解」と答えた伊山が、軽く触れる以上のキスをした。
そこには欲望と同時に伊山の愛情が感じられ、だから真奈美も伊山を受け入れた。
真奈美は淡い期待を抱いた。
今は言葉を探している伊山が、次に振り向いたとき、自分に思いを告げてくれるのではないかと。
しかし、伊山は振り向かなかった。
「ごめん、こんなことするべきじゃなかった。雇用主として失格だ」
肩越しに聞こえた声は、真奈美の心を粉々に打ち砕いた。
「こういうのはシチュエーションも大事だと思いまして。なんなら照明も落とします?」
開発元が一番力を入れている色の口紅を塗った真奈美は、伊山から少し距離をとってソファーに腰かけた。
「いや……せっかくなら、じっくりと星野の唇を観察する」
「どうぞ。じっくり見てください。なにか閃くかもしれませんから」
攻勢に転じた伊山の発言に、真奈美の呼吸が少し浅くなったが、平静を装って言葉を返した。
しかし、やはり伊山の方が上手だった。
「そんなに離れてたら観察し辛いだろ」
腰に腕を回されたかと思うと、強い力で伊山に引き寄せられた。
真奈美の体の左側が、伊山の体に密着する。
あまりの衝撃に言葉を失い、真奈美はしばらく息ができなかった。
伊山に聞こえてしまうのではないかと思うくらいに、心臓が激しく鳴っている。
伊山の方は平然として見えた。
仕事のスイッチが入ったのだろうか、真剣に星野の唇を観察し、気づいたことを言語化していく。
「たしかにツヤと立体感があるな。塗ってないときよりふっくらして見える」
伊山に見られている間、真奈美は目を固く閉じていた。聴覚が研ぎ澄まされる。
観察結果を淡々と述べているだけなのに、真奈美は伊山に甘い言葉をささやかれているかのような錯覚に陥った。
不意に、伊山の指が、真奈美の下唇をなぞった。
真奈美は思わず息をのんだ。
「べたつくかと思ったが、案外サラッとしてるんだな」
真奈美の反応をよそに、伊山は感心したように言った。
真奈美はすでにこの計画を後悔し始めていた。
伊山がこんなにも乗ってくるとは思わなかったのだ。
真奈美の貧弱な計画では、キスをすると言っても、距離を取った状態でお互いに顔を寄せ、軽く唇を重ねるだけだった。
それだけで真奈美の望みは達せられるし、「仕事」だとお互いに言い張れるのはそのレベルだと考えた。
半ばパニックになりかけた真奈美の意識を、伊山の言葉が現実に引き戻した。
「キス、していいんだな」
腰に回された伊山の腕に、少し力が入った。
平静を装うことはもう諦めて、真奈美は慌てて補足事項を伝えた。
「キスって言っても、軽く唇を重ねるだけです。軽くです。それ以外のキスはダメです」
「なんで」
「なんでって、それは本気のキスだからです」
「ん?」
「え! だって、そういうキスは本当に好きな相手にしかしないイメージが……」
真奈美は自分の顔が赤くなっている気がした。
「星野の中ではそういう解釈なんだな。了解」
伊山が「了解」と言ったことに安堵し、真奈美は少し落ち着いた。
おそらく真奈美を待ってくれているであろう伊山の顔を恐る恐る見上げる。
「これは、仕事だ」
伊山の言葉に、真奈美も応えた。その声は掠れていた。
「そうです、仕事です」
真奈美が目を閉じると同時に、唇が塞がれた。
軽く重ねるだけならもう離れているはずなのに、未だ伊山の唇は真奈美の呼吸を奪っている。
真奈美が後ろに逃れようとするのを伊山のもう片方の手が阻止した。
後頭部にそえられた手が真奈美を伊山のもとへ押し戻す。
真奈美が身じろぎ一つできない間、何度か角度を変えて唇が重ねられた。
感触を確かめるように押し付けられ、離されるたび、真奈美はなにも考えられなくなった。
漏れ出てしまいそうな声を必死に飲み込む。
やっと伊山が唇を離したとき、真奈美の目は潤んでいた。
抗議の意味を込めて伊山を見つめ、その名前を呼ぼうと唇を開く。
すると、再び唇が重ねられ、開いた唇の隙間から、伊山の舌が中に入り込む。
抗うことができず、真奈美の口内は伊山に優しく征服された。
意識が朦朧とし、もう漏れ出る声を抑えることもできない。
真奈美が甘く鳴くと、腰に回された伊山の腕に力が入る。
真奈美は伊山の舌を受け入れた。
力を抜き、伊山の舌に自分の舌を絡ませる。
もう、キスだけで終わらせてほしくなかった。
真奈美の右手が、無意識に伊山の太腿をなでる。
後頭部を支えていた伊山の手が、まなみの胸を遠慮がちに包んだ。
大きく硬い手が、ゆっくり動く度に、真奈美の口から甘い声が漏れる。
その指が真奈美の胸の一番敏感な部分を刺激したとき、真奈美の体が大きく跳ねた。
そこで、「仕事」は終わった。
真奈美はしばらく何が起きたかわからなかった。
先程までそばにあった伊山のぬくもりは消え、ソファーに一人取り残されている。
真奈美に背を向けた伊山が、ソファーから少し離れた場所に立っていた。
今のはもう「仕事」ではなかった。
真奈美の補足事項に、「了解」と答えた伊山が、軽く触れる以上のキスをした。
そこには欲望と同時に伊山の愛情が感じられ、だから真奈美も伊山を受け入れた。
真奈美は淡い期待を抱いた。
今は言葉を探している伊山が、次に振り向いたとき、自分に思いを告げてくれるのではないかと。
しかし、伊山は振り向かなかった。
「ごめん、こんなことするべきじゃなかった。雇用主として失格だ」
肩越しに聞こえた声は、真奈美の心を粉々に打ち砕いた。