臆病なあなたの、不完全な愛し方
いつの間にか駅に着いていた。

終電手前だというのに、相変わらず駅構内はたくさんの人が行き交っている。
いつもそこにあるはずの喧騒が、今日は遠くの波音のように聞こえた。

「俺はこっから数分のところに住んでるから。一人で帰れるか?」
「大丈夫です。改札までありがとうございます」
「ん。じゃあ、また連絡するから。今日はゆっくり寝ろよ」
「はい。伊山さんも」

真奈美が見上げると、伊山は優しく微笑んだ。
改札の奥で、発車ベルが鳴り響き、少しして電車が動き出す音が聞こえた。

「おやすみなさい」
「おやすみ」

名残惜しい気持ちを押しやって改札を抜け、真奈美が振り返ると、伊山が片手を上げた。
返すように真奈美も手を振り、ホームへの階段を上った。
なんだかとてもくすぐったい気持ちになった。

帰りの電車の中で、真奈美は伊山に『初めて』のメッセージを送った。
すると伊山からすぐに短い応答と、勤務条件が送られてきた。

箇条書きで書かれた条件一覧の下に、米印で注意書きがあった。

『オフィスでは俺と二人きりになるけど、大丈夫か?』

真奈美はすぐに返事をした。

『※の件は大丈夫です。近日中にきちんとお返事します』

伊山から「了解」のスタンプが返ってきた。愛嬌のあるゴリラのスタンプだった。

なんでゴリラ?

電車内で笑いを噛み殺しながら、真奈美も「よろしくお願いします」のスタンプを送った。
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