臆病なあなたの、不完全な愛し方
会議室で入社に必要な事務手続きを終えた後、伊山がお茶を出してくれた。
緑茶が苦手な真奈美に配慮してくれたのだろうか、出されたのはほうじ茶だった。

「一通りのことは説明したつもりだけど、なにか質問ある?」

ほうじ茶を一口飲み、真奈美は考えた。二年前から気になっていたことがある。

「独立のきっかけを聞きたいです」
「あれ、それ退社のときに話さなかったっけ」
「聞いてないですよ」

少し拗ねたように答えたあとで、真奈美は伊山が今日から雇用主であることを思い出した。
以後、言葉遣いには気をつけようと意識を改めた。

「そっか。それは悪かったな」

幸い、伊山は真奈美の態度を問題視しなかった。

「星野が入社した頃は、基本的に大手のプロモーションばかり扱ってたけど、昔は小さな会社も少しやっててさ」

伊山は懐かしそうに笑う。
当たり前のことではあるが、自分の知らない伊山の会社員時代があることに、真奈美は少し寂しさを覚えた。

「そのとき思ったんだ。パッケージやサイト作りから手がけられたら、もっと効果的なプロモーションができるのになって」

伊山の目がキラリと光ったように真奈美には見えた。

「いい商品を持ってる個人や小さな会社は、売り方を知らなくて、もったいないことになってる。変な会社に大金払って失敗してたりさ。だったら、俺がトータルでプロデュースして、彼らの売り上げを伸ばしてやろう!って思ってさ」

とても楽しそうに、熱を入れて話す様子から、伊山にとって独立起業は正しい選択だったのだと真奈美は思った。

二年前に退職を突然告げられたときは、裏切られたような気持ちになり、新たな道へ踏み出す伊山を快く送り出すことができなかった。
当時の振る舞いを思い返すと、伊山に対する申し訳ない気持ちが生じ、自分がいかに甘えていたかを改めて思い知らされた。

「それで独立されたんですね」
「そ。本当は、もっと早くしたかったんだけどさ。事業資金を貯めるのに時間かかっちゃって。気づいたら三十まで会社にいることになってしまった」
「私が、それでよかったと思ってるって言ったら怒ります?」

真奈美の問いに、伊山は面白そうに笑った。

「怒らないよ。結果的に、俺もそれでよかったと思ってるし。星野という優秀な部下を持てたのは、予定より長く会社にいたおかげだからな」
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