臆病なあなたの、不完全な愛し方
まず真奈美に任されたのは、電話対応だった。
渡されたのは、一台のスマートフォン。
「スマホなんだけど、社内電話として使えるんだ。保留にして、俺のスマホに転送もできる」
そう言って伊山は、自分の手元のスマホを持ち上げた。
「コードがないから、部屋のどこでも、外でも受けられるし。便利だろ?」
社内電話ひとつにしても、世の中の常識はどんどん変わっていくものなのだと真奈美は感じた。
転職は、自分の世界を広げるいい機会だったのかもしれない。
「いつか、あのビジネスフォンが、黒電話みたいに博物館行きになるかもしれないですね……」
感慨深げに言う真奈美を見て、伊山は思わず吹き出した。
真面目な感想を述べたのに笑われたのは心外だが、伊山が楽しそうなのでよしとした。
「じゃあ今日のメイン。クラウドに、いま俺がやってる仕事の全部を保存してあるから、ザっと確認して。星野なら、それを見ればだいたい全体像が掴めると思う」
「わかりました」
「で、いい感じに整理してもらえるとありがたい。よろしく!」
そう言って伊山は逃げるように自分のデスクに戻った。
そんな伊山を訝しく思ったが、気を取り直して真奈美は早速仕事に取り掛かることにした。
クラウドにアクセスしてすぐに、伊山の不可解な行動に合点がいった。
「……伊山さん、なんですかこれは」
ノートパソコンの画面に映るデータの無法地帯に、真奈美の声は低くなった。
「俺の努力の結晶たち」
「それは、わかります。私がお聞きしたいのは、なぜここにフォルダが一つもなく、ファイル名がてんでバラバラで、コピーが複数あるのかということです」
「んー、なんでだろ」
真奈美の中で、伊山のデキる男神話が崩壊した。
「前の会社ではこんなことなかったですよね。共有フォルダはいつも整理されていたと記憶しているのですが」
「あーそれは加藤が全部フォローしてくれてたから、かな?」
「……納得しました」
伊山の意外な一面に、真奈美は衝撃を受けた。
しかし同時に、完璧に近いと勝手に思っていた上司にも、苦手なことがあるとわかり、親近感を覚えた。
「もしかして、伊山さんって事務処理苦手ですか?」
真奈美が尋ねると、伊山は首筋に手をやり、バツが悪そうに笑った。
「実は、そうなんだよ」
「じゃあ、いま伊山さんがやっている事務系のタスク、全部私に投げてください」
「……星野様?」
「え?」
伊山が、まるで神仏を拝むような眼差しで真奈美を見ていた。
「いや、いま星野が一瞬、女神のように見えて……」
「なんですかそれは」
「だって、事務処理を全部手放せるなんて夢のようで。好きじゃない作業だから、毎月のルーティンとか苦痛でさ」
真剣に言う伊山に、真奈美は思わず笑ってしまった。
「もっと早くスタッフを雇われたらよかったのに」
真奈美の指摘に、伊山は大げさにかぶりを振った。
「いやいや、星野。人を雇うってそんな簡単なことじゃないんだ。まず、金がかかる。それも固定費。だから、費用に見合った人材じゃないと絶対に雇いたくない」
伊山の熱のこもった説明は続く。
「それに、ほとんどここで二人きりになるだろ? うっかり変なのを雇ったら地獄じゃないか。それで仕事のパフォーマンスが落ちるくらいなら、一人で仕事した方がマシだ」
地獄を想像したのだろうか、伊山はげんなりした顔で、背もたれに身を預けた。
真奈美にも、その気持ちはよくわかった。
「一昨日の帰り道、星野だったら、気心知れてるし、俺のこともわかってるから、最高だなって思ったんだよ。来てくれてよかった」
心の底から満足しているように見える伊山の姿に、真奈美は心を打たれた。
「そんなふうに言われちゃうと、頑張るしかないですね」
渡されたのは、一台のスマートフォン。
「スマホなんだけど、社内電話として使えるんだ。保留にして、俺のスマホに転送もできる」
そう言って伊山は、自分の手元のスマホを持ち上げた。
「コードがないから、部屋のどこでも、外でも受けられるし。便利だろ?」
社内電話ひとつにしても、世の中の常識はどんどん変わっていくものなのだと真奈美は感じた。
転職は、自分の世界を広げるいい機会だったのかもしれない。
「いつか、あのビジネスフォンが、黒電話みたいに博物館行きになるかもしれないですね……」
感慨深げに言う真奈美を見て、伊山は思わず吹き出した。
真面目な感想を述べたのに笑われたのは心外だが、伊山が楽しそうなのでよしとした。
「じゃあ今日のメイン。クラウドに、いま俺がやってる仕事の全部を保存してあるから、ザっと確認して。星野なら、それを見ればだいたい全体像が掴めると思う」
「わかりました」
「で、いい感じに整理してもらえるとありがたい。よろしく!」
そう言って伊山は逃げるように自分のデスクに戻った。
そんな伊山を訝しく思ったが、気を取り直して真奈美は早速仕事に取り掛かることにした。
クラウドにアクセスしてすぐに、伊山の不可解な行動に合点がいった。
「……伊山さん、なんですかこれは」
ノートパソコンの画面に映るデータの無法地帯に、真奈美の声は低くなった。
「俺の努力の結晶たち」
「それは、わかります。私がお聞きしたいのは、なぜここにフォルダが一つもなく、ファイル名がてんでバラバラで、コピーが複数あるのかということです」
「んー、なんでだろ」
真奈美の中で、伊山のデキる男神話が崩壊した。
「前の会社ではこんなことなかったですよね。共有フォルダはいつも整理されていたと記憶しているのですが」
「あーそれは加藤が全部フォローしてくれてたから、かな?」
「……納得しました」
伊山の意外な一面に、真奈美は衝撃を受けた。
しかし同時に、完璧に近いと勝手に思っていた上司にも、苦手なことがあるとわかり、親近感を覚えた。
「もしかして、伊山さんって事務処理苦手ですか?」
真奈美が尋ねると、伊山は首筋に手をやり、バツが悪そうに笑った。
「実は、そうなんだよ」
「じゃあ、いま伊山さんがやっている事務系のタスク、全部私に投げてください」
「……星野様?」
「え?」
伊山が、まるで神仏を拝むような眼差しで真奈美を見ていた。
「いや、いま星野が一瞬、女神のように見えて……」
「なんですかそれは」
「だって、事務処理を全部手放せるなんて夢のようで。好きじゃない作業だから、毎月のルーティンとか苦痛でさ」
真剣に言う伊山に、真奈美は思わず笑ってしまった。
「もっと早くスタッフを雇われたらよかったのに」
真奈美の指摘に、伊山は大げさにかぶりを振った。
「いやいや、星野。人を雇うってそんな簡単なことじゃないんだ。まず、金がかかる。それも固定費。だから、費用に見合った人材じゃないと絶対に雇いたくない」
伊山の熱のこもった説明は続く。
「それに、ほとんどここで二人きりになるだろ? うっかり変なのを雇ったら地獄じゃないか。それで仕事のパフォーマンスが落ちるくらいなら、一人で仕事した方がマシだ」
地獄を想像したのだろうか、伊山はげんなりした顔で、背もたれに身を預けた。
真奈美にも、その気持ちはよくわかった。
「一昨日の帰り道、星野だったら、気心知れてるし、俺のこともわかってるから、最高だなって思ったんだよ。来てくれてよかった」
心の底から満足しているように見える伊山の姿に、真奈美は心を打たれた。
「そんなふうに言われちゃうと、頑張るしかないですね」