むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

小鳥姫を守る騎士


「セレン様ぁー!! ありがとーっ!!」
「元気でねーっ!!」
 子ども達の声に、帰りの馬車の窓から身を乗り出して、彼らの姿が小さくなって見えなくなるまで、私は手を振り続けた。

 お別れを終えて再び馬車の座席にしっかりと着席すると、隣に座っていたアイリスがぽつりとつぶやいた。

「あの子たちはいろんな理由で親を無くしてしまったけれど、幸せ者ですね」
「え?」
 幸せ者?
 親を失っているのに?
 私が首をかしげると、アイリスは悲し気に笑って再び口を開いた。

「このピエラ伯爵領の孤児院は、環境も良いし待遇も良い。そしてなにより、セレン様と言うお優しいお嬢様に出会えた子どもたちは、きっと幸せなんだと思います。孤児院というものは、領地によっては劣悪な環境である場所もまだまだありますからね」

 そうわずかにアイリスは視線を伏せ、その琥珀色の瞳がかすかに揺れて、私は思わず彼女の肩をそっと抱き寄せた。
 詳しくは聞いたことが無いけれど、アイリスは孤児だ。
 もしかしたら過去にそんな劣悪な環境の孤児院にいたのかもしれないし、見たことがあるのかもしれない。

「領地によっては管理がずさんな場所もあるのは確かで、国の手が回りきれていないのも確かだ。今のこの国の課題、なのだろうね」

 この国は他国と比べても王家がよく動いてくれているけれど、それでも目の届かないところは出てくる、か……。

「うちの領の孤児院も、個々の孤児院のように健やかなものにしていきたいものだね。セレンと一緒に」
「仮!! だということをお忘れなく!!」
 シリウスの言葉にアイリスが嚙みついた、その時だった。

 ガタンッ──!!
「セレン!!」
 馬車が大きく揺れ、前へと飛び出した私をシリウスが抱き留める。

 背に回された逞しい腕。
 温かいぬくもり。
 そしてかすかに香る爽やかな香り。
 ダイレクトにシリウスを感じて、思わず顔に熱がこもる。

 すると外から「な、なんだお前たち!!」と怯えを含んだ御者の声が聞こえてきた。

「っ、襲撃か?」
 シリウスの言葉に、15年前の記憶が呼び起こされる。

 賊に囲まれ、連れ去られた時の恐怖は、未だ私の中に残っているようで、私は思わず震える両腕を抱えた。

「セレン……。……セレン、ここで待っていて。すぐになんとかしてくる」
 おだやかに私をなだめる声が耳に届いて、私がふと顔を上げると、優しく微笑むシリウスが私を見下ろしていた。

「シリウス……」
 そして私に向けてにっこりと頷くと、シリウスは「セレンを頼む」と私をアイリスに預け、馬車の外へと飛び出していってしまった。

「シリウス!!」

 ……行ってしまった。
 どうしよう……シリウスが……シリウスが殺されでもしたら、私……!!

 二人で必死に逃げた時の記憶は、今も鮮明に覚えている。
 私は泣きながら。
 シリウスも目にいっぱいの涙を浮かべながら、ただただ走った。
 私と同じく怖かったはずなのに、彼は必死に私を守ろうとしてくれた。

 私はまた、泣いているだけなの?
 シリウスが私を守ろうと立ち向かってくれているのに。
 こんなところで、何もしないまま──?

「っ……アイリス、ごめんっ!!」
「え!? ちょ、セレン様!?」

 私はアイリスに一言断りを入れると、シリウスの後を追って馬車の外へと飛び出した──!!


「──シリウス!!」
「セレン!? 何で出てきた!?」
 突然飛び出してきた私にわずかに視線を向けるシリウス。
 剣を向ける大勢の男たちにシリウスも同じく剣を抜き、馬車を守るようにして対立している。

「シリウスが守ろうとしてくれてるのに私だけ安全なところにいるなんてできないっ!!」
 足が震える。
 幼い頃に感じた恐怖は思ったよりも深く私の心にこびりついてしまっているけれど、あの日、そして今、シリウスが守ろうとしてくれているように、私も──!!

「セレン……。……ありがとう。でも大丈夫だよ」
 驚いたように目を見開いた後、シリウスはふわりとほほ笑んでから、再び目の前の男たちへと視線を向けた。

 そして──。
「はぁぁっ!!」
 細身の剣を手に男たちのもとへ突っ込んでいくシリウス。

 一人であんなにもたくさんの男相手に無茶だ……!!
 思わず目を覆った、刹那──。
「ぐぁぁっ!!」
「うあぁぁっ!!」
 次々と聞こえてきたのは、男たちの叫び声と、そして彼らが倒れる音。

 恐る恐る目を開けると、そこには一瞬にして屍の山が目の前に広がっていた。

「やぁセレン。大丈夫?」
 にこやかにこちらを振り返り微笑むシリウス。
 え、うそ。
 今の一瞬で?

「すごい……」
 私がその信じられない光景につぶやいたその時、シリウスの背後から倒れていたはずの男の一人がゆらりと立ち上がり、シリウスにむかって剣を振り上げ──。
「っ!! シリウス危ない!!」
「!?」
 私はとっさに持っていた【小鳥姫と騎士】の本を、シリウスを狙う男へと勢いよく投げつけた──!!

 ガンッ──「ぐはぁっ!!」
 よっしゃクリティカルヒット!!
 私が投げた本は男の丁度顔面へ、角が刺さるかのようにぶつかり、男はそのままその場に倒れ込んでいった。

「剣はペンよりも強し!!」
「うん、本来の意味とだいぶ違うけどね」
 苦笑いしながらそう言うと、シリウスは私の手を取って優しく微笑んだ。

「ありがとう、セレン」
「ううん。こっちこそ、ありがとう、シリウス。その……びっくりしちゃった。こんなにすぐに倒しちゃうだなんて」

 私が築かれた屍の山に視線を移すと、シリウスは先ほど取った私の右手を自身の口元へと連れ、そして手の甲へと軽く口づけた。

「私は、セレンを守るためだけに騎士になったんだ。今度こそ、この手でセレンを守りたくて」
 薄水色の瞳がまっすぐに、まるで離さないとでも言うかのように私の瞳をとらえた。

「私の小鳥姫。これからもずっと、私が守るから──」

 あぁ、もう。
 ひどい殺し文句だ。
 こんなの……離れ難くなるじゃないか。

 それからの帰り道、シリウスが私を膝に乗せても、アイリスは何も言わなかった。
 アイリスがただ黙って窓の外をじっと眺める中、私はシリウスのぬくもりを、彼の腕の中で感じ続けていた。

―第一章・完―




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