むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

Sideシリウス~変わる決意~



 と……いうことで……結婚、してしまった。
 しかも私が幼い頃から恋焦がれていたセレンとの結婚。

「はぁ……夢、ではない、よなぁ……」

 隣でこちらの気も知らずにすやすやと寝息を立てている妻になった幼馴染を見下ろすと、私はまた盛大に深いため息をついた。

 可愛い。
 もう本当、どうにかなるんじゃないかというくらい、可愛い。
 寝顔なんて毎日のように見てきたが、セレンの寝顔は見飽きることがない。
 場所だって、今日はいつものようなソファやベンチ、草むらなんかじゃない。
 ベッドだ。
 しかも夫婦の。

 自分の中の邪《よこしま》な感情を振り払いながら、彼女の綺麗なピンクゴールドの髪をさらりと撫でる。

「ポプリめ。張り切って手入れしすぎだ」
 長年カルバン公爵家に仕える侍女のポプリは、昔からセレンをとても可愛がっていた。
 そして多分、私の想いにも気づいていた。
 結婚したことを知ると涙を浮かべて喜んでくれたのは良いが、張り切りすぎだ。

 艶やかな髪に瑞々しい肌。
 ひらひらとして少しばかり胸元の開いたネグリジェ。
 極めつけはほのかに香るボディオイルの甘い香り。
 いかにもこれから初夜ですと言わんばかりに準備万端に整えられていたセレン。

 だいたいただでさえ発育の良いセレンにあの胸元の開いたネグリジェは反則だろう!?
 セレンが可愛すぎて思わずそのまま食べてしまいそうになるのを必死に理性で押しとどめた自分を褒めてやりたい。
 セレンの前では余裕ぶってはいたが、正直、そんなものは皆無だ。

 彼女は謙虚というか鈍感というか、自分が可愛いということをわかっていない。
 そして自分がいかに誰かに力を与えてくれる存在かということも。

 5歳の頃、女顔だと言われて庭で泣いていた私に、セレンが読み聞かせてくれた本──【小鳥姫と騎士】。
 小鳥になる呪いをかけられた姫をただ一人見つけ出し助けた騎士の恋物語だ。
 セレンのふんわりとした声が心地良くて、そして感情のこもったその読み聞かせ方に、私は泣いていたのも忘れて聞き入っていた。

 読み終わると、彼女はにっこりと私に笑った。

『ねぇシリウス。今の私、お姫様を見つけ出した騎士みたいじゃない?』と。
 そしてこう続けた。
『私、きっとシリウスがそのお顔じゃなくても見つけ出せる自信があるわ。たとえ小鳥になっても、オークになったって見つけてみせる。だって私、シリウスが大好きだもの』

 小鳥はともかくオークが出てくるという滅茶苦茶な例えながら、それでもその言葉は重苦しかった私の心を軽くした。
 どんな姿でも、私は私なのだと、認めてもらえた気がしたから。
 あの瞬間から、私はセレンに恋をした。

 そのすぐ後だった。
 彼女が……セレンが誘拐されたのは。

 セレンに付いてピエラ伯爵領に遊びに行った時、晩餐のテーブルに飾る花を摘みに屋敷の外の林に入ったセレンを、数人の男たちが攫った。
 たまたまセレンを追って屋敷を出ていた私は、その現場を見てすぐにセレンを追いかけた。
 必死に走って、奴らの根城まで追いつけたのは、火事場の馬鹿力というものが働いたのだろう。

 洞窟の中に一人潜入した私は、セレンを縛って酒を飲みながら身代金の相談をする奴らの隙をついてセレンを救出するも、すぐに見つかって追われ、屋敷の近くまで来たところで私たちを探していた屋敷の人間によって保護された。

 肝心な時にセレンを連れて逃げることしかできなかった俺は、公爵家に帰ってから「セレンを守る騎士になりたいんだ」と、父上を説得して、私が爵位を継ぐまでという条件で騎士団に入団した。

 副騎士団長という地位についた今に至るまで、その思いは変わっていない。
 私が、どんなものからもセレンを守る。

 きっとセレンは自分の力のせいで結婚させてしまったと自分を責めているだろうが、私にとっては青天の霹靂。願ってもないことだ。

 いつからかセレンの前だと緊張して素っ気なくなってしまった私を、彼女は苦手に思っているかもしれない。
 今まではそれならそれで良いと、たとえ好かれなくとも、私はセレンを守るだけだと自分に言い聞かせてきた。

 だが結婚したからには、私はきちんと自分の思いを受け入れ、向き合い、そして変わろうと思う。

 私との結婚を後悔させないように。
 そして私も、セレンを傷つけて後悔しないように。
 私は私の素直な思いで向き合いたい。

 大切な、私のたった一つの宝物のために。

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