むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

溺愛されすぎてとろけます


「んんっ……」

 薄らとした光の中、私は目を覚ます。
 と同時に目に飛び込んできた光景に、私はひゅうっと息を呑んだ。

「んん……セレン」
 目の前にはシリウスの美しい寝顔。
 少しはだけたガウンから細身にもかかわらずしっかりと鍛え上げられた筋肉が見える。

 まつ毛長っ!!
 何この筋肉!!
 肌も綺麗で整って髪だってサラサラの直毛型……!!
 これが美の女神に愛されし男の寝顔だというのか……!!

 そういえば、シリウスは私の寝顔を見飽きるほど見ていても、私がシリウスの寝顔を見るのは初めてだわ。
 小さい頃からシリウスはきっちりしていて、一緒にお昼寝をしたりお泊りで一緒に寝た時も早起きだったから……。

 まさか大人になってからシリウスと同衾することになるだなんて考えたことなかった。

 昨夜は初夜はしないで眠ってしまったけれど、いずれはすることになるのだろう。
 結婚してしまったからには子を生《な》すことは大切な義務。
 だけど……その相手が私で、本当にいいのかしら。

 3年間。
 3年間白い結婚を通せば、私たちはお互いに瑕疵なく離縁することができる。
 さすがに私が結婚相手では釣り合いが取れなさ過ぎて申し訳ないし、3年を待って離縁することも折を見て話してみよう。
 
 シリウスだって、好きな人がいたかもしれないし。
 うん、早速今夜、ちゃんと話をしましょう。

「あんまりじっと見られると抱きしめたくなっちゃうけど、それで良い?」
「!?」
 シリウスの寝顔を見つめながら思考を巡らせているうちに、彼の綺麗な薄水色の瞳がとろんと開かれ、私の視線と交わる。

 だ、だだ、抱きしめたくなっちゃうって!?
 そんなことされたら私、幸せすぎて深い眠りにつくわ……!!

「い、いつから起きてたの!?」
「ん? さっき。誰かに見られてる気配がするなぁって意識ははっきりしたんだけど、すぐセレンだってわかったからそのまま好きにさせてた。何してくれるかな、って」
「何もしませんっっ!!」
「そう? 残念」

 からかうようにして目を細めるも、私から視線を外すことのないシリウス。
 少しばかりかすれて気だるげな声が色っぽい。
 昔にはなかったはずの寝起きの色気に、思わず全身が熱くなる。

 落ち着いてセレンシア。
 シリウスに私とどうこうなるなんていう気はないんだから、変にときめいても後で落ち込むだけよ。
 私は3年間、己の欲望に勝ち続けてみせる……!!

「どうしたの? あぁでも、これからずっとセレンの寝起きを楽しむ機会があるのか……嬉しいね」
「私の寝起きなんて見慣れてるでしょうに」
 いつもどこかしらで睡魔が襲ってきて、だいたいシリウスが私を叩き起こすんだから。

「ソファやベンチでのうたた寝の寝起きと、ベッドで一緒に眠ったあとの寝起きでは全然違うんだよ。どっちも可愛いのは間違いないけどね」
「~~~~っ」

 タラシだ!!
 タラシがいる!!
 一体これまでどれだけの人の寝起きをベッドで見てきたのか……。
 私なんかとは違って色っぽい女性ばかりだったんだろうなぁ……。
 シリウスは大人っぽいし、そんな大人な女性とのあれこれはさぞ絵になるのだろう。私と違って。

 …あぁ、なんだか急激に、釣り合いもしないくせに変な力で強制的にシリウスの妻の座に収まってしまった自分が惨めに思えてきた。

「ん? セレン、どうしたの?」
 黙り込んだ私をシリウスが覗き込む。

「な、なんでもないわ!!」
「そう? ならそろそろ支度をして広間で朝食にしよう。あぁでも、その前に──っ!?」
 そう言ってのっそり起き上がったシリウスは、自然な流れで私の額に軽く口付けた。
 生温かい感触が額に触れると同時に、彼はとろけるように微笑んだ。

「おはよう、私の可愛い奥さん」
「~~~~~~っ、お……はよう、ございます」

 これがこれから3年間毎日続くだなんて……。
 私、何日生きてられるかしら……。

 ***

「んっ、おいしいっ!! やっぱりシリウスのおうちのごはんはいつも素晴らしいわ!!」
「……」

 ほかほかのコーンスープに新鮮なサラダ。
 サラダにかけるドレッシングがまた美味しくて、いくらでもサラダをおかわりしてしまいそうになる。

 メインのパンもフワフワでほんのり温かく、バターとの相性も抜群だ。
 それに小皿に載った果物が瑞々しくキラキラと光って、見ているだけで気分が高揚する。
 ハート型のチョコプレートがさりげなく添えられているのもまた乙女心を刺激する要因の一つだ。

 カルバン公爵家の料理長レゼロは料理の中のさりげないところに気遣いや遊び心を入れてくれるうえ、どの料理も最高においしい。
 そんなレゼロの素晴らしい料理に、私は幼い頃からずっと虜になっている。
 はぁ……幸せ……。

「ポプリ、レゼロによろしく言っておいてね」
「はい、レゼロも喜びますわ」
 侍女のポプリが目尻の皺を濃くして微笑むと、私たちに一礼してから食器を載せてきたワゴンをもって部屋を後にした。

 ポプリは昔からこのカルバン公爵家で働いているベテラン侍女だ。
 幼馴染の私も昔からよくお世話になっているし、彼女のふんわりとした空気が私は大好きだ。

 今回の結婚も、涙を浮かべて喜んでくれたのも彼女で、私はそれを見て少しだけ胸が痛んだ。
 これが本当の、愛し愛された末の結婚であるならば良かったのに、と思ってしまったから。
 それでもこの屋敷でお世話になる間、私は精一杯妻として子を生す以外の役割は果たしたい。それがポプリたちへのせめてもの償いだ。

「……」
「し、シリウス?」
 何やら目の前から視線を感じて顔を上げてみれば、むっすりとした顔で私を見つめるシリウスと目が合った。

 何なの? 私、何か怒らせるようなことした?
 まさか料理がおいしいからってがっつきすぎた!?
 公爵夫人たるものおしとやかに大人しく食べなきゃいけないとか!?

 私がパンを千切る手を止めて固まっていると、シリウスが無表情のまま私に手招きをした。

 こっちにこい、ってこと?
 ……怖い。でも行かなきゃもっと怖い!!
 行くしか……ない……!!

 私はゆっくりと立ち上がって机を挟んで向こう側に座るシリウスの方へ足を進める。
 そしてシリウスの前まで来たところで──「ひゃっ!?」──私の身体は軽々と持ち上げられ、シリウスの膝の上へと降ろされた。
 キスしそうなほど近くにシリウスの端整な顔。

「し、シリウス!?」
「捕まえた」
 耳元で囁くように響く色気を孕んだ低音ボイスに、全身を言いようのない感覚が駆け巡る。

「ねぇセレン。シリウスのおうち、じゃないからね」
「え?」
「もうここは、セレンのおうち、でもあるんだから。そこのところちゃんと理解するように」

 まさかむっすりしてたのって、さっき私が「シリウスのおうち」って言ったから!?
 そんなに気にするところだったのかしら。
 だけど……私のおうちでもある、か。
 胸にチクリとした痛みと共に、温かいものが広がるのを感じる。

「うん。わ、わかったわ。わかったから降ろし──」
「だーめ」
「へ? ひゃぁっ!?」

 シリウスはそのまま私を横抱きにすると、さっきまで私が座っていた椅子へ移動し、再び私を自分の膝に座らせた。
 そしていたずらっぽさの中に色気を含ませた笑顔を向けると、シリウスは千切りかけのパンをひとかけら千切ってから、それを私の口に押し当てる。

「このまま。食べさせてあげる」
「ひっ……」

 全ての朝食をシリウスの手ずから食べさせてもらい終えてからようやく彼の膝の上から解放されたころには、私は羞恥心で一人ではまっすぐ立てないほどに力が抜けていた。



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