むにゃむにゃしてたら私にだけ冷たい幼馴染と結婚してました~お飾り妻のはずですが溺愛しすぎじゃないですか⁉~

あの日のように



「セレン様、この度は私の管轄である精霊たち、そして私のストーカーが、本っっっっ当~~~~に、申し訳ありませんでした!! 全て、私の監督不行き届きであるところで──」

 何だろう、この既視感。
 昨夜もこんな綺麗な土下座を目の当たりにしたような気がするわ。

 朝目が覚めると、シリウスのとろけるような笑みが私の目の前に大きく映し出された。
 そしてひとしきりぎゅうぎゅうと抱きしめられた後、よろよろになりながらも身支度を済ませ、私はシリウスと共に朝食を頂くべく広間へ降りた。

 そして扉を開けた瞬間、ゴンッ!! という鈍い音が二つ響き、目の前には床に頭を打ち付け土下座したアイリスと、そんな彼女に頭を押さえられ土下座させられたロゼさんが揃っていた。

「イリス様ぁ、痛いですぅ……」
「私はアイリス!! もう二度と男の姿にはならないし、私はセレン様のアイリスとして生きるの!! それよりもあんたはお二人に誠心誠意詫びろ!!」
「ごめんなさい~っ。シリウス様も素敵ですけれど、私はイリス様がやっぱりいいみたいですわぁ~っ!!」
「そういう問題じゃないっ!!」

 何を見せられているのかしら、これ……。
 その背後では机について食事をとりながら苦笑いで見守るお義父様とお義母様。

「あ、あの、アイリス落ち着いて。頭を上げて」
「しかもこんっなストーカーに忘却術突破されるなんて、このアイリス、死んでお詫びをぉおおおおっ!!」
「アイリスーっ!?」
「落ち着けアイリス!!」

 両手に魔力の光をため始める錯乱状態のアイリスを、私とシリウスが片腕ずつ拘束して止める。
 まずいわ。
 少し落ち着いて話をしないと……。

「シリウス、少し、アイリスと庭に出てきてもいいかしら?」
「あぁ。ロゼは私が──」
「いいえ。ロゼさんのことはポプリ、お願い」

 心が狭いかもしれないが、私はも追う、シリウスに関して一切譲る気はない。
 私の言葉に、ポプリはにっこりと笑ってうなずくと、ロゼさんの肩をそっと支えた。

「シリウスとお義父様とお義母様は、ごゆっくりお食事をお楽しみくださいね」
 そう言って私は、アイリスの肩を優しく抱きながら、広間を出て公爵家の庭へと向かった。

 ***

 まぶしい朝日に照らされて、庭の花々の朝露がきらりと光る。
 朝の涼しい風がさらりと髪を攫い、私はその綺麗な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「気持ちのいい朝ね、アイリス」
「え? えぇ……」
「アイリスと初めて会った日の翌日も、こんなふうに気持ちのいい朝だった」
「え──?」

 思わず連れ帰ったアイリスの笑顔が見たくて、戸惑う彼女を実家の自慢の庭園に連れ出したのだ。
「こんな風に朝露が光って、爽やかな空気をお腹いっぱいに吸い込んで……」
「吸い込みすぎてむせ込んだんですよね、セレン様」
「ふぁっ!? そ、それは忘れて!!」

 慌てる私に、アイリスがぷぷっと噴き出した。
 あ、これだ。
 私が好きなアイリス。
 あの時見て、嬉しかった彼女の笑顔だ。

「アイリス、私ね。シリウスと一緒にメレの町に魔法使いを探しに行ったのよ」
「え……?」

 私はアイリスをしっかりと見つめながら、静かに話を続ける。
「町の人は皆、アイリスに感謝してた。大切だって思ってた。だから皆、気づいていながらも誰にも言わなかったんだよ。それがあの町の、暗黙の了解だったの」
「町の人が……?」
「だからね、人間みんながみんなひどい人ばかりじゃない。変な人ばかりじゃない。ロゼさんも、やったことは間違っていたと思うけれど、きっとアイリスが好きな気持ちは本当よ。少しだけで良い。人を、信じてあげて」

 ひとを嫌いなまま、誤解を受けたままでいてほしくはない。
 だってあの時の町の人達は、皆、とてもアイリスを大切に思っていたんだから。

「…………私は、あの時だけじゃない。はるか昔からこの国で生きてきて、あまりに多くの悪意に触れすぎた。すぐには結論は出ないかもしれません」
「アイリス……」
 確かにそうだ。
 元々はその力を欲した人間達に居場所を追われ続けたアイリスにとって、そう簡単なことではないのだ。

「……でも──……私は、セレン様に出会ったから……。誰かの笑顔が見たくて一生懸命になったり、本当は好きなのに素直になれずにから回ったり、苦しい気持ちを持ちながらもその思いを捨てられなかったり。……人間はやっぱり可愛いものなのだと、思えるようにはなりました。あのシリウス様ですら、ね」
 そういたずらっぽく、アイリスが笑った。

「だからいつか、私の心の整理がついたら……、その時は、あの町の様子を見に、訪ねてみたいと思います」
「ふふ。えぇ、そうね。ゆっくりでいいと思うわ」

 きっと今はアイリスの中で揺らぎがある。
 大昔、アイリスの力を奪い合ってきた人間も、町でアイリスを大切にしてくれていた人間も、人の良いも悪いもどちらも見てきたのだから、当然だ。
 彼女のペースで歩いて行けばいい。
 私は微笑んで、アイリスの頭を優しく撫でた。

「あのね、アイリス。それと……アイリスさえよければ、これからも私の専属侍女としてうちにいてくれたら嬉しいんだけど……」
「え──?」
「あぁっ、も、もちろん、もし図書館に帰って魔法使いとして精霊たちと一緒に居たいなら仕方ないからね!? 精霊保護法も制定されたし、きっと住処を脅かされることなく暮らせると思うし。でも……もし、アイリスがここに居てもいいって思ってくれるなら──っ!?」

 刹那、私の言葉を遮って、アイリスがトン、と私の胸に飛び込んできて、私は突然のことに驚きながらも、小さな身体を受け止めた。
 ぎゅっと私の身体に回される小さな手。

 私が小さなころからほとんど変わることのない姿に、疑問を持たなかったことはなかった。
 だけど触れたらアイリスがいなくなってしまう気がして、ただ流れるままにここまで来た。
 それでも、アイリスが幸せである場所で生きてくれることが、今は一番の願いだ。

「アイリ──」
「私は、セレン様が大好きです!!」
「うん」
「セレン様のお世話をするのが好きです!!」
「うん」
「これからも、セレン様の傍にいたいです!!」
「うん」

 私はそっと、彼女の柔らかな髪を撫でて笑った。

「これからもよろしくね、アイリス」
「っ……はいっ……!!」

 微笑み合う私達。
 穏やかな空気が流れたその時、私ははっとあることを思い出して、アイリスの両手をがっちりと握った。

「ところでアイリス……」
「はい?」

「アイリス────後でサインくださいっっっっっ!!」

 あぁ……。
 あの【小鳥姫と騎士】の作者を前に、我慢が出来なかった。
 空気ぶち壊しだ。
 だけどきっと、私たちには──。

「っぷっ……っははははははっ!!」
「ふふふ……!!」

 そしてあの日のように、二つの笑い声が、庭いっぱいに広がったのだった。




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