野いちご源氏物語 三六 横笛(よこぶえ)
源氏(げんじ)(きみ)大将(たいしょう)様は東の離れに移動して、のんびりとお話しなさっているうちに日が暮れかかった。
昨夜ご訪問なさった、(おんな)()(みや)様と(はは)御息所(みやすんどころ)のご様子をお伝えになる。
源氏の君はご同情を含んだ微笑(ほほえ)みでお聞きになっている。

未亡人(みぼうじん)の宮様が『想夫恋(そうふれん)』をお弾きになったのか。物語になりそうな美しい話だ。しかし現実では、女が男の気を引くようなことをするのは危険な行為(こうい)だからね、少し軽率(けいそつ)な気もする。熱心に通っているようだが、衛門(えもん)(かみ)遺言(ゆいごん)に従って宮様のお世話をすると決めたなら、面倒(めんどう)(ごと)は起こさず清い関係のままでいた方がお互いのためになるだろう」
ご自分の女好きは(たな)に上げて立派なご意見をおっしゃるので、大将様はむっとなさる。

「面倒事などを起こすつもりはございません。一度や二度のお見舞いで終わりにしてしまったら、かえって世間から何かあったのではないかと疑われましょう。それでたびたびご訪問しているのです。
『想夫恋』をお弾きになったのも、宮様がご自分から進んでというわけではありません。話の流れでほんの少しお弾きになっただけですから、その場の雰囲気に合っていてすばらしいものでした。どのような振舞いも、良いか悪いかは人柄(ひとがら)や場面次第(しだい)でございましょう。

(おんな)(さん)の宮様の姉宮(あねみや)であられますから、お年もそれなりで、落ち着いていらっしゃいます。私の方も浮気者めいた振舞いなどできない性格ですから、それで安心して訪問をお許しくださっているのだろうと想像しております。もちろん詳しくは存じませんが、お優しく品のよい宮様でいらっしゃるようです」

「そういえば昨夜、御息所から笛をいただきまして」
大将様は源氏の君に少し近寄って、衛門の督様の笛をお見せする。
それから昨夜ご覧になった不思議な夢のお話をなさった。
夢のなかで衛門の督様が『大切な人に(ゆず)りたかった』とおっしゃっていたことも。
源氏の君はしばらく(だま)りこんでしまわれる。
思い当たることがおありなのでしょうね。
< 11 / 14 >

この作品をシェア

pagetop