野いちご源氏物語 三六 横笛(よこぶえ)
春の御殿の東の離れにお上がりになったけれど、源氏の君は明石の女御様のお部屋の方にいっておられてお留守だった。
女御様がお生みになった、帝のご三男であられる三の宮様が、簾の奥からうれしそうに走り出ていらっしゃる。
三歳くらいのとてもおかわいらしい皇子様よ。
紫の上が引き取ってお育てになっている。
「ねぇ、大将。私をお抱きして母君のお部屋へ連れていっておくれ」
女房の話し方をまねしてお話しになるものだから、ご自分に尊敬語を使ってしまわれた。
それがまたおかわいらしいので、大将様は微笑んで腕をお広げになる。
「お抱きいたしましょう。しかし、紫の上が奥にいらっしゃるのに簾の前を素通りするわけにはまいりません。失礼ですからね」
宮様を抱いたまま、とりあえず大将様はお座りになる。
「誰にも見られないように、私が顔を隠してあげる。ほらね」
ご自分のお袖で大将様のお顔を隠そうとなさる。
あまりにかわいらしくて大将様は折れるしかない。
近くの女房に紫の上へのご挨拶を言伝ると、三の宮様を抱いて母屋の女御様のお部屋近くまでお連れになった。
こちらでは二の宮様が源氏の君の若君と遊んでいらっしゃる。
幼いながらもしっかりしておられる二の宮様と、もうすっかり歩くのがお上手になった若君を、源氏の君がにこにことご覧になっていたの。
二の宮様が三の宮様に気づいて、
「私も大将に抱っこされたい」
とおっしゃるけれど、三の宮様は大将様の足元からお離れにならない。
「私の大将だからだめ」
兄弟げんかが始まりそうになるので、源氏の君がご注意なさる。
「恐れ多くも帝をお守りする大将ですよ。どちらもご自分の家来のようになさってはいけません。三の宮様はお気が強すぎて困りますね。いつも兄宮様に負けまいとなさる」
二の宮様がしょんぼりなさったので、大将様はほほえんでおっしゃる。
「二の宮様はきちんと反省しておられますね。さすが兄宮様でいらっしゃる。いつも三の宮様に優しくしておあげになってご立派ですよ。このお年でそこまでできる方はめずらしい」
おふたりとも、結局はどちらの宮様もおかわいらしくてたまらないのよね。
「ここは身分にふさわしい客席ではないから」
と源氏の君は東の離れに戻ろうとなさるけれど、宮様たちはあいかわらずきゃあきゃあと大将様にまとわりつかれる。
尼宮様のお生みになった若君は、そんな宮様たちをご機嫌よくご覧になっている。
源氏の君はそっとそちらを見て、
<この若君は臣下の子なのだから、本来は恐れ多い帝の皇子様たちと一緒に遊ばせるべきではないだろう>
とお思いになる。
でも、はっきり区別して扱えば、尼宮様がどうお考えになるかご心配なの。
<ご自分のお子ではないからつらく当たられるのだ>
と悲しませてはお気の毒だから、若君も皇子様と同じように大切にかわいがりなさる。
女御様がお生みになった、帝のご三男であられる三の宮様が、簾の奥からうれしそうに走り出ていらっしゃる。
三歳くらいのとてもおかわいらしい皇子様よ。
紫の上が引き取ってお育てになっている。
「ねぇ、大将。私をお抱きして母君のお部屋へ連れていっておくれ」
女房の話し方をまねしてお話しになるものだから、ご自分に尊敬語を使ってしまわれた。
それがまたおかわいらしいので、大将様は微笑んで腕をお広げになる。
「お抱きいたしましょう。しかし、紫の上が奥にいらっしゃるのに簾の前を素通りするわけにはまいりません。失礼ですからね」
宮様を抱いたまま、とりあえず大将様はお座りになる。
「誰にも見られないように、私が顔を隠してあげる。ほらね」
ご自分のお袖で大将様のお顔を隠そうとなさる。
あまりにかわいらしくて大将様は折れるしかない。
近くの女房に紫の上へのご挨拶を言伝ると、三の宮様を抱いて母屋の女御様のお部屋近くまでお連れになった。
こちらでは二の宮様が源氏の君の若君と遊んでいらっしゃる。
幼いながらもしっかりしておられる二の宮様と、もうすっかり歩くのがお上手になった若君を、源氏の君がにこにことご覧になっていたの。
二の宮様が三の宮様に気づいて、
「私も大将に抱っこされたい」
とおっしゃるけれど、三の宮様は大将様の足元からお離れにならない。
「私の大将だからだめ」
兄弟げんかが始まりそうになるので、源氏の君がご注意なさる。
「恐れ多くも帝をお守りする大将ですよ。どちらもご自分の家来のようになさってはいけません。三の宮様はお気が強すぎて困りますね。いつも兄宮様に負けまいとなさる」
二の宮様がしょんぼりなさったので、大将様はほほえんでおっしゃる。
「二の宮様はきちんと反省しておられますね。さすが兄宮様でいらっしゃる。いつも三の宮様に優しくしておあげになってご立派ですよ。このお年でそこまでできる方はめずらしい」
おふたりとも、結局はどちらの宮様もおかわいらしくてたまらないのよね。
「ここは身分にふさわしい客席ではないから」
と源氏の君は東の離れに戻ろうとなさるけれど、宮様たちはあいかわらずきゃあきゃあと大将様にまとわりつかれる。
尼宮様のお生みになった若君は、そんな宮様たちをご機嫌よくご覧になっている。
源氏の君はそっとそちらを見て、
<この若君は臣下の子なのだから、本来は恐れ多い帝の皇子様たちと一緒に遊ばせるべきではないだろう>
とお思いになる。
でも、はっきり区別して扱えば、尼宮様がどうお考えになるかご心配なの。
<ご自分のお子ではないからつらく当たられるのだ>
と悲しませてはお気の毒だから、若君も皇子様と同じように大切にかわいがりなさる。