優しいkissじゃダメですか。

私たちは文章を書くプロではないが、文章を読むプロである。そして文章を読みやすくわかりやすくするプロでもある。
休憩室の大窓から見上げた月は銀色のコインのようだ。光沢とデコボコが。
ときどき「綺麗」と言う言葉以外の形容が見つからないくらい綺麗なものが世の中にはある。それを課長に言ったら「その通りですよね」とニコニコしていた。300年生きている妖精みたいだった。

自動販売機で冷たいコーヒーを買うかミルクティーを買うか悩む。コンビニへ行こうか。駅の中のコンビニの方が安いか。
とにかく喉が渇いた。乾き過ぎてひからびている。飲料水の課内への持ち込みは禁止ではない。ただ消費が速いだけ。
コーヒーのボタンを押したつもりが緑茶のあったかーいペットボトルが出てきてしまった。夏なのに。ま、これで良いか。
そう思いながら休憩室の白い丸テーブルのひとつに着く。身体が自分の身体ではないみたいにずっしり重い。このまま寝そう。
もっと広い休憩室はいくつもあるが、この8畳くらいの広さがちょうど良い。あんまりひと来ないし。ここ。

休憩室のベランダから水道橋の夜景を見ているのは課長だ。縦に長い身体を小さく折り曲げているのはタバコでも吸っているのだろうか。知らなかった。タバコ吸うなんて。
身体のコリをほぐすように首を左右に曲げ、両腕をまわし、また身体を小さく折り曲げる。スーツの背中に深いシワが袈裟懸けの刀傷みたいに1本ななめに入っている。タバコかぁ。気分転換には良いかもしれないけど意外だったな。
（課長、そう言うの嫌いかと思ってた）

この時代、タバコはどんどん高くなっていく。電子タバコの方がお得・ニコチンやタールがないものもあるからタバコより害がないとは聞くが、
私個人の意見では何かの煙を吸いたいこと自体がもう疲れきっている証拠ではないかと思う。私はタバコを吸ってはいないけれど。

こちらに背を向けている課長のタバコのフレイヴァーを予想してみる。普通のニコチン・タール多めのタバコ。メントール系。紅茶やコーヒーの香りが楽しめるもの。シトラス。ベリー。
ハニーやキャラメルなどの甘いものも好きかもしれない。
課長が左手に持っていたものを軽く握りつぶした。
（イチゴ牛乳!!）
そっとその紙パックを床に置き、うーんと縦に伸びる。やっぱり身長高いわ、課長。160センチメートルの私といて、見上げるくらいだもん。首が痛くなるくらい。

そして、
突然、軽やかに回りはじめた -
（ピルエット!!）