優しいkissじゃダメですか。
おそらく、中学卒業とともにバレエを辞めたのだろう。課長は。
それでも踊りつづけた。いちずに。ストイックに。でないといきなりピルエットやI字バランスなんてできるはずがない。
バレエを辞めた理由は聞いてはいけないだろう。だが、課長が今でも踊りつづけていることを知って良かった。ますます尊敬する。

「お詳しいんですか。バレエ」
逆に質問されてぎょっとした。え、えーと。
「い、いや、そんなことは、」
「お詳しいんですね。どうしてか聞いても良いですか」
(あれ? 課長はふくふくの笑顔なのにどこか圧を感じる。
白くて丸くて溶鉱炉に沈むキャラクターみたい)

「あ、あの、私、
スケオタで」
「すけおた?」
(今、明らかに全部ひらがなでしゃべった!!)
課長はきょとんとしている。文章を読むプロでも聞きなれない言葉か。
「ふぃ、フィギュアスケート選手のオタク」
「なるほど。どなたのファンなのですか」
「え、えっと、今期のカナダ代表の、男子シングルの、」
「楽しそうなお話ですね。フィギュアスケートにお詳しいなら、バレエにお詳しいのも納得がいきます」
(恥ずかしい!! 絶対顔ファンだと思われてる!!)

私は思わず両手で顔を覆う。顔ファンじゃないんだ。推しの演技が綺麗だからファンなんだ。たまたま推しがイケメンだっただけなんだよ!!
(整った課長みたいなんだよ!! 年齢はだいぶちがいそうだけど)

だから課長が好き、なんて絶対に言いたくない。失礼過ぎる。
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