『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
第4話 偉明様なんてこうして、こうよっ!!

 事態が急転したのは翌日の昼だった。
 午前中は昨日の続きの座学、昼からも今度は後宮の内部の散策が予定されていた……筈だったのだが今、寄宿楼の各部屋の雰囲気はばたばたとしていた。

 元、どころか『布団部屋のまま』の琳華と梢の部屋だけはあまり変わらず、午前中の座学が終わったと同時に見慣れない色の衣裳を纏った女官が広間にやって来て秀女を統率する担当女官に短く耳打ちをしていった。

 「皇子様と謁見できる可能性がある、だなんて」
 「お嬢様、髪はどうなさいましょう」
 「……あまり無難でいるのも逆に目立ってしまうわよね。皆、相当気合を入れて着飾るでしょうし」

 それなら思い切って“気合を入れた”姿になった方が良いかもしれない、と琳華は梢に伝える。

 「小梢、わたくしのとっておきの紅を出して欲しいの」
 「例のブツですね」

 ぐふふ、と若干変な笑い声が出ている梢は琳華の化粧用の小箱から美しい貝の入れ物に入った紅を取り出す。

 「私が塗りますか?それともお嬢様が」
 「小梢に任せるわ」
 「承知いたしました」

 着替えた羽織も持って来た中では珍しい青みがかった濃灰色(のうかいしょく)のもの。一見、とても地味な色合いをしているが偉明曰く「花が咲いたような」場所に一人、暗い色の羽織は目立つ。何よりそれは琳華が持っている羽織の中で一番高価な物だった。

 見る目がある者ならばその品質が分かる。
 そう、普段から最上級品を身に着けている宗駿皇子などについている女官や兵が見れば価値が分かる品物。襟元や袖口に施されている刺繍も銀糸に青い糸が一本だけ含まれ、光が当たれば美しい色合いを見せる。
 その羽織は華美と言う雰囲気ではなく、気品と厳かさがあった。

 「いつぞや母上から賜った勝負の紅……不思議と力がみなぎるのよね」

 昨日まで、つい先ほどまでの琳華とは違う。
 気高さを象徴する結い髪には襟もとの銀刺繍と同じ銀細工の髪飾り。
 梢の手に握られた細筆によって深い赤の紅が掬われると琳華の唇の輪郭は丁寧にふちどられ、最後に目元にもごく細い針先のような筆で紅を引く。

 「ッ、はあ……はぁ」

 迫真の表情と指先で琳華の美しい顔をさらに美しく彩った梢は完成した主人の姿をすすす、と数歩後ろに下がって確認する。

 「良すぎる」

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