『その秀女、道を極まれり ~冷徹な親衛隊長様なんてこうして、こうよっ!!~』
俗な言葉が漏れ出ているが椅子に浅く座り、すらっと背が伸びた琳華の姿は既に若き皇后や寵姫と見まごう輝きを放っていた。
これはきっと宗駿皇子の隣に座っていても見劣りしない迫力がある、かもしれない。
「良い」
「っふ、ふふ」
梢の言葉と表情についに吹き出した琳華は卓の上にあった鏡を手にして確認する。
「確かに良すぎる、わね」
言葉遊びに付き合ってくれる琳華に梢も笑う。
「ちょっとやりすぎたかしら」
「ぜんっぜん!!そんなことありません!!」
「すごい迫力」
ぐっと両手に握りこぶしを作って首を横に振る梢は、主人がこうして完全武装をしてくれることが何より嬉しかった。日頃はそれなりに化粧もするがあっさりした風合い。それでも琳華は健康的で美しいのだがそれとこれとは話が別である。
「小梢もね、あなたに似合うのは……この色」
おいで、と呼び寄せた梢に琳華は化粧用の小箱の中から一つの入れ物を取り出して小指の先に付ける。
とん、とん、とそっと小指の先で乗せられた淡い色の紅。
すると可愛らしい梢の瑞々しく柔らかな唇に桃色の花が咲く。
「よ……よすぎる」
「ええ、とっても似合ってるわよ」
「お嬢さまぁ~、絽梢は一生お嬢様についてゆきますぅぅ~!!」
感極まっている梢、そして年相応に気高く美しく着飾られた琳華。仲の良い二人は布団部屋から揃って出る。
既に他の秀女たちも廊下に出て集合場所へと向かおうとしていたが寄宿楼付きの下女たちも仕事をするふりをして様子を見に来ていた。
ひそひそ、と言う声に混じって「あちらの方が例の?」やら「最年長と言うだけあって迫力が凄いわね」などの会話が交わされている。その中でも「儚げな感じだったのにしっかりとしたお化粧をするとまた変わるのね」とどうやら直接、琳華の顔を近くで見たことのある……配膳時か何かに会ったらしい者の言葉が琳華たちの耳に入った。
「ぐふふ。お嬢様はとーってもお美しいんですから」
梢も胸を張っていた。
ひそひそ話をされるくらい美しい主人をさらに美しく化粧で彩ったのは侍女たる自分。
周家はとても待遇が良く、侍女にも化粧や良い衣裳を着させてくれる。今、梢が身に纏っているのも琳華からのお下がりで汚れなんてないし、あれば自分が丁寧に洗濯をした。琳華も浪費癖はなく、ひとつひとつ物を大切にしているのでお下がりになんて到底見えない。
なんとなく、梢が今思っていることが分かってしまった琳華はこっそりと笑う。そんな渋くも麗しい琳華に秀女たちも僅かにざわつく。
やはり皆が色とりどりの華やかな衣裳を身に纏っているが琳華のように落ち着いた色合いの者は誰一人としていなかった。
それは最年長者なりの着飾り方だと言わんばかりで。
「まあ、琳華様!!」
可憐な小鳥のさえずり、では無く伯丹辰のはっきりと通る張りのある声が上がる。
「なんて素敵なの……薄い紅しか差されていなかったけれどきっと濃い色の方もお似合いになる、とわたくしはずっと思っていましたの!!」
「そ、そう……?有難う。丹辰様も華やかな御顔立ちが朱の衣に映えてより一層素敵よ」
日、一日と丹辰の取り巻きが増えているが琳華に対する視線はあまり好意的ではない雰囲気。それでも直接的には言ってこない。
「皆様もお綺麗で」
にこっと微笑み、当たり障りのない褒め言葉を投げかける琳華に対し、途端に満更でも無さそうにしている取り巻きたちはやはりまだ気が幼いように見える。
「そう言えば丹辰様、劉愛霖様はどちらに」
「ああ、あの方ですか……」
琳華が未だ姿が見えない愛霖を心配するとその場の空気が瞬間的に冷えた。