東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
003
「では、行ってまいります。圭介、留守を頼みます」
「はい、お任せください。楽しんで来てくださいね」
挙式から三ヶ月後の12月、紀糸とわさびはノーザンの仲間たちに見送られ、ようやくハネムーンへと出発した。
イギリスはロンドンを中心として、周辺諸国を巡る、約ひと月の旅だ。
「わさびは冬のイギリスは初めてなんだろ?」
「はい、お爺は寒いところが苦手だったので冬に寒い国には行ったことがありません。街がキラキラしていると聞きました。楽しみです。紀糸、夜の街にも連れて行ってください」
「そうだな、丁度クリスマスシーズンだから期待していいと思うぞ。俺も仕事以外では行った事はないが」
12月のイギリスは寒く雨も多いが、クリスマスムードが街に広がり、石造りの街並みが幻想的に彩られる。寒さの中に温もりが灯る、そんな季節。
山葵がお爺と国外へ出ていたのは、彼女が中学生の頃まで。お爺の体調が急激に悪くなって以降は、どこにも行けていない。
だからというわけでもないが、山葵は久しぶりの国際線の利用からすでに期待に胸を膨らませていた。
もちろん、膨らませていたのは、胸だけではない。
機内食だけでは当然足りず、持参したおにぎり五個とサンドイッチを三つほど胃袋に収めた山葵は、鼻先に米粒をつけている。
「わさび……鼻に米粒がついてるぞ。どうやって食べたらそこにつくんだか……」
紀糸は緩みそうな自分の顔を必死に取り繕いながら、指先で米粒を摘み取り、彼女の口に戻し入れた。
「楽しみですね、紀糸。ワクワクしますね、紀糸。想像するだけでお腹が空きますね、紀糸」
「そうだな、俺も楽しみだ。さすがに腹はまだ空かないが」
にんまり、としながら可愛い事を口にする山葵に、紀糸は思わず彼女の頭を撫でていた。
───はぁ……可愛い……この生き物が胸ポケットに入らないのが本当に残念だ。それにしても、“神楽家滅びろ”──などと言っていたわさびが、こんなことを言うようになるなんてな……お爺にも今のわさびを見せてやりたい……
ハネムーンはスタートしたばかりだというのに、紀糸はすでに目頭を熱くしていた。
「……紀糸、なんだかお爺みたいです」
「夫だ……いい加減、俺を年寄り扱いするのはやめろ」