東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
side Kiito
「紀糸……いじけてるんですか?」
「いいや、いじけてなどいない」
数日前、ハネムーン中の妻が、初対面のイケメンに対して“運命共同体です”だとか“そういう星のもとにいる”などとロマンチックな言葉で口説いていた事など、全く気にしていない。
それ以来、ワクワクしながら彼がノーザンに加わった後にはこうしたい、ああしたい、とあれこれ考えながら楽しそうにその話しばかりをしている事だって、全く気にしていない。
「───なるほど、紀糸は有馬にモチを焼いているんですね」
───すぐバレる。
今夜はハネムーン最後の夜。
外で食事を済ませた俺達は、ロンドンの街を歩いていた。
石畳の通りを包むのは、吐く息よりも白い霧。街灯が金色の輪を描きながら、その中に降る細雪を照らしている。
ビッ◯・ベンの鐘が遠くで鳴り、テム◯川の水面が静かに揺れるたび、光がきらめいて、まるで星が地上に降りたようだ。
通りには、クリスマスリースを掲げた店が立ち並び、カフェの窓辺には、肩を寄せ合う恋人たちの影が見える。
そんなロマンチックな場面だというのに、山葵は本日何度目にもなる“有馬”という単語を出したのだ。
さすがの俺も面白くない。
冷たい空気の中で、もこもこの手袋をはめた丸い山葵の手が、ちょん、と遠慮がちに俺の頬に触れる。
「紀糸おいで、わさびがギュッとしてあげます」
「……」
多くは無いがそれなりに人通りのある路上で、山葵は両手を広げて俺を呼ぶ。
───生意気な……
と思いつつも、俺は正面から山葵の腰に腕を回し彼女を抱きしめた。
ロンドンの街が、ハネムーンという言葉が、俺の頭をお花畑にし、大胆にさせる。
街を彩るイルミネーションの輝きが、彼女の大きな瞳に反射して、まるで万華鏡のように美しい。今この瞬間、世界が止まったように思えた。
そんな彼女の瞳が、まっすぐに俺を見つめている。
思わず息を呑む。