東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
「わさびは教会で、東雲 紀糸を夫として、“健やかなる時も、病める時も、富める時も、貧しき時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓います”と、言いました」
「……そうだな」
「でも、あれはただ言わされただけです」
「……そう、だな……」
───……一般的なキリスト教式で挙げたからな。お決まりのセリフではあったが……よく一言一句覚えてるな。
話はまだ続くのか、山葵の瞳は俺をとらえたままだ。
「婚姻届けを出した日に、お爺のお墓に行きました。そこでわさびはお爺に言いました───……“わさびは紀糸の一番になりました。だからわさびの一番も今日から紀糸です。お爺、世代交代です”と」
「───っ……」
何も知らない人間が聞けば、なんてこと無い、孫から祖父へのただの微笑ましい結婚の報告だ。
この言葉の重みが理解できるのは、俺と樋浦氏くらいだろう。
山葵にとって、お爺という存在は、ただの祖父ではない。唯一の家族であり、救いであり、心の支えであった。そして、彼女がこの世に存在する意味そのものだったはずだ。これは決して、大げさなどではない。
予想をはるかに超えてきたその言葉に、俺は言葉に詰まる。
「紀糸、わさびは昔言いました。わさびが好きな人間はお爺だけです」
「……言ってたな」
あれはたしか、俺が山葵に会うために久しぶりに母校を訪れた日だった。案外覚えているものだ。
「もう一度、あの時と同じ質問をしてください」
「同じって───……確か……“お前、俺の事が好きなのか?”だったか」
思い出せばなかなかに恥ずかしいセリフではあるが、今の山葵は何と答えるのか、先ほどのこともあり、期待せずにはいられない。
「はい。わさびはこの世に存在する人間の中で東雲 紀糸が一番好きです。大好きです」
彼女は俺を見つめたまま───微笑んだ。
「わさび……」
気の利いた言葉なんて出てこない。
俺はただ、山葵の気持ちが嬉しい。
語彙力なんて、今は必要ない。
「俺の一番も東雲 山葵、お前だ」
「いいでしょう」
「……」
俺は山葵を思い切り抱きしめた後、そのまま垂直に持ち上げて、チュッと軽く唇を重ねた。
「仲直りだ、わさび」
「喧嘩などしていません」
「白状する。俺は有馬氏にモチを焼いていた」
「そうですか。ならば紀糸の焼いたモチはわさびが美味しく食べてあげましょう」
「俺の焼いたモチは超特大だぞ」
「なんの自慢ですか。望むところです」
「……」
こうして俺達のハネムーンは最高の終わりを迎えた。