東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
006
雪の下で眠っていた大地が、ようやく息をし始める。かすかに空気の匂いが変わった。
凍りついていた大地の下から、水の気配がゆっくりと滲み出し、白一色だった景色にようやく色が戻る。白と青の世界にやわらかな金色が差し込み、風は遠い海の匂いを運んでくる。
誰もいない森の奥で、最初の花が目を覚ました。ふきのとうが雪を押しのけて顔を出し、まだ冷たい風の中を渡る鳥の声が、かすかに春を告げている。
ノーザンに春が来た。
4月1日。
窓の外には灰色の雪がわずかに残ってはいるが、その風は確かに春を含んでいる。
そんな朝、彼らはやってきた。
おはようございます! ───と声を揃えるその姿に、集会場に集まったノーザンのスタッフたちは思わず頬を緩めた。過去の自分に重ね懐かしむ者、期待に胸を膨らませる者。ここノーザンには、誰一人としてその新しい息吹を歓迎しない人間はいない。
「それでは皆さん、全体朝礼を始めますね───世間は今日から新年度です。そしてノーザンも本日より新しい仲間が加わることになりました。それでは一人ずつ、配属先とお名前、簡単な自己紹介をお願いします」
圭介が司会となり、ノーザンの朝礼は進められる。
ノーザンに勤務する100名あまりのスタッフを前に、緊張の面持ちを見せる彼ら。
並ぶ中で自分が最も年長者であると自覚していたのか、はじめに声をあげたのは圭介から一番遠い人物だった。
「では私から……本日よりこちらの総務課でお世話になります、渦巻 鴎と申します。32歳です。先ほどオーナーから、“カモメくんと呼びます”と言って頂けたので、是非皆さんも気軽に名前でお呼びください。出身は東京です。北海道の大学を出た後、東京で一度就職して、理由あってここ北海道へ戻ってまいりました。よく、真面目すぎる、と言われますが、ここでは柔軟な思考で業務を遂行できるように頑張ります。何卒、よろしくお願いいたします!」
真面目すぎるという性格がよくわかるカモメの挨拶の後、期待の込められた大きな拍手が起こった。
「カモメくんは、北大の農学部で修士課程を修了しています。彼の持つ知識は今後のノーザンの助けになると、オーナーは期待しておられますよ。カモメくん、ありがとうございました。よろしくお願いしますね」
圭介の補足に、スタッフもカモメ本人も笑顔になる。
「はい! 私は施設アテンド兼広報としてお世話になります、久世 小鳩27歳です! 生まれも育ちも北海道ですが、都会に憧れて上京し、ずっと東京の競馬場で勤務しており、広報とイベントの企画運営に携わっていました! いずれわかってしまう事なのでこの場で言いますが、父はJ○Aの理事をしております。こちらへの就職をとても喜んでくれました! どんな時も笑顔と元気がモットーです! 是非私の事も気軽に、“コバトちゃん”って呼んでください! よろしくお願いします!」
思いもよらない大物を父親に持つコバトに、一瞬会場は静まり返るも、少しずつパチパチと遠慮がちに拍手が起きた。
「ははは……お父様は凄い方ですが、コバトさんはコバトさんですのでね……皆さん気にせず普通の仲間と同じように接してあげてください───コバトさんにはプラネタリウムの主任アテンドと広報を担当して頂きます。しばらくはカフェで杏奈ちゃんと一緒に働いてもらいながら、ここに慣れてもらう予定ですので、杏奈ちゃん、教育係頼みましたよ」
「はいっ! 頑張ります!」
杏奈は後輩が出来て嬉しいのか、わくわくしたような表情を浮かべながら圭介の言葉に元気よく返事を返した。
「では、最後───……鵠沼くん、お願いします」
「……すみません、僕……鳥の名前じゃありません……」
「……え?」