東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
そしてその週末───……
北海道の山葵と紀糸は、東京からやってくるあの二人を空港で出迎えた。
「わさびちゃーん!」
存在が視界に入るやいなや、大きく手を振り声をあげている男がいる。
「笹くん、大きな声でわさびの名前を呼ばないでください。注目されるではないですか」
「……ごめん」
開口一番に山葵に叱られたその人物は、現在東雲グループの研究所で勤務する香月 笹だ。彼は、愛する燕と一緒に第二の故郷ともいえる北海道に来れて、激しく浮かれていた。
「お忙しいお二人自ら、空港まで迎えに来て下さるなんて、ありがとうございます。えっと……わさびちゃんと東雲くんって、呼んだままでいいのかな?」
大人の女性の見本ともいえる、丁寧で落ち着いた対応の燕こと、月見里 燕は笹の婚約者だ。
まだ雇用関係にはいたっていないというのに、山葵と紀糸の事を敬うその姿勢と気遣いたるや、素晴らしい。
「はい。わさびも、ずっと勝手につばめさんと呼んでいます」
紀糸も承諾の意味を込めて、隣で静かに頷く。
「笹には、やっぱり月見里みたいな女性が側にいないと駄目だな」
「どういう意味ですか、紀糸さんとわさびちゃんだって似たようなものでしょう」
「「……」」
どっちがどっちだという意味なのか……紀糸と山葵は目を合わせ、双方が自分が燕の立場だ、と勝手に考え納得していた。
「車の中で簡単に説明します。行きましょう───あ、先にヴィレッジに案内しますね」
笹と燕は、自分たちの結婚式を済ませた後、そのまま北海道へ移住しノーザンの一員となって新婚生活を送ると言っている。そんな二人のために、山葵はノーザンヴィレッジの一画に二人に贈る新居を建築中なのだ。
今日はその途中経過を見せた後、美術館に関する山葵の大まかな構想と計画の説明、実際にその美術館を見に行くところまでを予定している。
「わさびちゃん、まずはお礼を言わせてください。笹くんからこの話を聞いた時、私、本当に嬉しかったの。学芸員としても私個人としても、夢のような仕事なんです。本当に私でいいのか、なんて聞かない。私を選んで正解だったって、必ず言わせて見せるね」
「わさびはつばめさんのそういうところが素敵だと思います。ゼロからの立ち上げと変わらないのですごく大変だと思いますが、期待しています。よろしくお願いします」
運転は笹にさせ、紀糸は助手席に。後部座席に山葵と燕が座る。
笹は役得だ、とばかりに、ルームミラーを後ろの燕に合わせるも、笹のその怪しい行動に気付いた紀糸が、無言で直す。それが何度か繰り返されていた。
燕と山葵がとても良い話をしているというのに、前の二人がそんなくだらないことをしていると知るのは、山葵だけ。
───笹くん、後でお仕置きです。
知らず知らずのうちに、笹はノーザンで最も恐ろしいお仕置きを考える人物に目をつけられていた。ご愁傷様。