東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
それから、あっという間に月日は流れ、五月の大型連休がやってくる。
『Noctis Arca~夜を閉じ込めた箱、星々が眠る場所~』がコンセプトのノーザンのプラネタリウムのプレオープンの日がやってきた。
招待客は、ノーザンに馬を預けている馬主がメイン。そのほとんどが年配者を含めた富裕層であるため、ゆったりと楽しんでもらえるよう、人数制限を設けた完全予約制となっている。
そして、このプレオープンの場がいい機会だということで、急遽、十六夜 有馬の施設長への就任が発表された。
有馬の突然の登場に、驚きの声が上がるも、彼のその整った容姿も相まって、招待客は盛り上がりを見せていた。そして、今後のノーザンの発展を期待する声があちらこちらから聞こえ、有馬を筆頭に、山葵以外のノーザンのスタッフは皆んな、気を引き締める。
当初、有馬の就任発表は予定には入っていなかった。有馬のノーザンへの到着が、連休前になるか後になるか、馬の輸送の件もあり、ハッキリとわからなかったからである。
しかし、本当に連休直前ではあったが、有馬は無事に愛馬と共に引っ越しを終えたため、急遽組み込まれたのだ。
これまでの施設長は、引退する来春までにすべての業務を有馬に引き継いでいく。
今回のプラネタリウムのプレオープンには、協力企業として大々的にその名前があがっているzuv.tecから、キラの家族と健二、白森と相馬が招待されていた。笹と燕も招待してあるが、燕の仕事の関係で連休中は来れないため、連休後に来ることとなっている。
そして、お披露目の時間がやってきた───……
光と音、そして映像とが映し出されると、来場者は言葉を失い、終始静かに魅入っていた。
すべてのプログラムが終了し、会場内の明かりが消えると、その空気はひときわ澄んだ。そして、どこからともなくおきた拍手が波のように広がり、誰かが小さく「見事だ」と呟いた。
その言葉は、やがて連鎖するように、「素晴らしい」「もう一回見たい」「これはバズる」───などという賛辞が、音もなく周囲に降り積もっていく。
結果的に、初日は誰がどう見ても大成功を収めた。
老若男女問わず、山葵の考えた演出とキラの映像技術に心を動かされたと、大満足の言葉を贈って帰って行った。有馬も、これは外国人からも絶対にウケる、と太鼓判を押す。
最後の来場者の見送りを終えた山葵は、隣で寄り添う夫、紀糸の上着の裾をにぎりしめ、口を真一文字に閉じて静かにプルプルと震えていた。
「……?」
紀糸は山葵の表情とその様子から何となく彼女の状況を察し、ただ名前を呼び頭を撫でる。
「わさび……」
「……」
山葵は嬉しかった。すごく、嬉しかった。
でも、まだ周りにノーザンのスタッフやキラたちがいる。涙など誰にも見られたくなかった。それは、年若いオーナーとしての山葵の矜持。
しかし……
「わさび、意地を張るな───俺が全部受け止めてやるから」
いとも簡単に彼女の矜持を溶かしてしまう男がいた。
「っ───!」
山葵は紀糸の胸に顔をうめ、しがみ付くように抱きついた。
「わさび、お疲れさま。みんなワクワクしてたな、大成功だ。良くやった」
紀糸は山葵を全身で優しく包み込み、言葉をかけながら子供をあやすように頭を撫でる。彼は今、自分が夫であり、お爺であり、彼女が気を許せる唯一の人間として、そのすべてを受け止めていた。
周囲の人々は、その様子に空気を読み、一人、また一人とその場からそっと離れていく。
「もっと褒めてください。わさびはいっぱいいっぱい頑張りました」
「ああ。すごいぞわさび、さすがはわさびだ。俺にはとても真似できない」
「もっとです」
「本当に素晴らしかった。みんな目を真ん丸にして驚いて喜んでたぞ。すごい。これも全部、わさびだから成しえたことだ。誇れ」
「もっとです」
「……すまない、これ以上の言葉は思い浮かばない」
「……」
語彙力不足の紀糸だった。