東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
「え? キラが?」
「はい、ここに別荘を建てるんだそうです。高値で売るように圭介に言っておきました」
週末、一週間を終えお疲れの様子の紀糸と、恒例のお風呂タイムを過ごす山葵。
「あいつは本当に何事にも全力投球だな……金だけじゃなく、時間もあるんだろう。羨ましい限りだ」
「紀糸は金があっても時間がないですからね。ですが、別荘とはつまり、ただの家でしょう? わさびはいりません。旅行に行って、おもてなししてもらえる方がいいです」
意外と現実的な山葵。
しかし彼女は、普段の生活からすでに、自分が圭介からおもてなしを受けているということに気付いていない。
親と姉には恵まれなかったとはいえ、神楽家の令嬢として生まれた山葵は、ずっと当主からは可愛がられ育っている。彼女がわがままであるのは、当然と言えば当然なのだ。
「まぁ、キラの嫁さんは一般人だし、いつも一緒にいるあのマスターがお抱えの料理人みたいなものだろう。むしろ自由に家族水入らずで過ごせる家の方がいいんだろ」
「そういうものですか」
「俺にもよくわからんが、そうなんじゃないか? たまに笹が、妄想なのか願望なのかわからないが、子供が出来たらどうしたいだのと、一人で勝手にべらべらと喋ってるぞ」
笹は決して一人で勝手にしゃべっているわけでは無く、紀糸に話をしているのだが、忙しい彼は仕事の話以外、頭に入っていないのだ。
しかし、その話を聞いて、山葵は思った。
「子供が出来て、家族が増えると、わさびと紀糸は今みたいにゆっくりお風呂に入れなくなりますか?」
子供ができる。すなわち、紀糸と二人きりではなくなるということ。
「普通に考えたらそうなるだろうが、俺はいつまでもわさびを女として見れる自信があるぞ」
求めていた答えと違う紀糸の言葉に、山葵は虚無の眼になる。
「わさびはずっと女です。人間は子供を産んでも性転換しません」
「……」
山葵はこの時から少しづつ、自分が子供を産むということ、親になるという事や家族というものについて考えることが増えた。
そしてそんな相談が出来る相手と言えば……
「圭介、家族とはなんですか?」
「……どうしちゃったのいきなり、今日の質問のテーマは深いね」
やっぱり圭介しかいなかった。
「わさびが妊娠したら、子供が生まれてきます。わさびと紀糸は夫婦から家族へとレベルアップします」
「うーん、レベルアップかどうかは別として、そうだね。二人きりだった生活とはガラッと変わるだろうね」
「わさびは今の生活が気に入っています。平日は圭介と一緒、週末は紀糸と一緒、大好きな二人がいれば、それでいいです」
「ははは、それは嬉しいな」
山葵は、家族というものを知らない。彼女にとって、家族と呼べるものはお爺だけであったため、それは今の紀糸と二人の生活とあまり変わりがないのだ。
「わさびは夢香の事を姉だとは思っていません。大嫌いです。圭介は、大介という弟がいます。大介は圭介の事が大好きです」
「そうだね、大介は間違いなく僕の弟だよ」
では、なぜ二人の姓は異なっているのか。
「でも、家族と言われると僕も上手く答える自信が無いな……」
圭介は、山葵の髪を梳かしながらわずかに目を伏せた。まるで、その話はあまりしたくない、と言わんばかりに。
「圭介でもそんな顔をするのですね。圭介の父親はとんでもない奴ですから、仕方ありません。圭介は悪くありません」
「……ははは、わさびちゃんはなんでも知ってるんだね。僕の親について喜八さんから聞いたことがあったのかな?」
「……」
山葵は圭介についてお爺から何も聞いてはいない。ただ、圭介と大介の頭の中を覗けば知りたくないことまですべて知ってしまうのだ。