東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
「圭介の弟は生意気です。わさびが根性を叩き直してやります」
「本当に、申し訳ありませんオーナー。ほら、大介、お前も謝れ」
最終面接の後、圭介の弟だけは別室に通されていた。
兄である圭介は、山葵に対する弟の礼儀を欠いた振る舞いについて、申し訳なさそうに頭を下げている。
「なぜ私がこんな子供に頭を下げなければならないのですか」
「おまっ! 何てこと───っ!」
今回、多忙を極める圭介のアシスタントとして人を雇うことを決めた山葵。3名でも5名でも、圭介が必要とするだけ雇用していいと伝えたところ、彼は優秀な人材であれば一人いれば十分だと言ったのである。
そして、彼が候補として連れて来た人物というのが、この百欄 大介35歳だ。
二人の姓が異なる点について、山葵は深く追及する気はなかった。
絶大なる信頼を寄せる圭介が選んだ人物だ。黙っておこう、そう思っていた。と、言っておけば素敵だったかもしれないが、実際には大して興味がなかっただけ。
しかし……実際に対峙してみれば───
「わさびは子供ではありません。人妻です」
胸を張り、得意げに語る山葵。
「知ってますよ。東雲の御曹司と結婚したのですよね。だからなんですか? 夫が金持ちだというだけで、あなたは何者でもないでしょう。金にものを言わせて兄さんに甘えて、兄さんを縛り付けているだけの子供だ」
「大介! いい加減にしないか!」
圭介が珍しく声を荒げた。
「百欄 大介、本気で圭介と働きたいのですか?」
彼の言葉に対して、怒りなどの感情を一切乗せることなく、山葵はただ淡々と話を続ける。
「はい、兄さんは私の憧れですから。本当ならば、こんなところで雇われ秘書などではなく、一緒にコンサル会社でも起業したかったのですがね」
大介は日本のみならず、外国法にも精通し、国際取引が可能な数少ない弁護士の一人だった。彼はその頭脳だけではなく、事務処理能力も有能であり、優秀という点においては、間違いない人物ではある。
ただ……
「生意気です。圭介はわさびのです、引き抜くつもりなら許しません」
「オーナー、私はもうあなたと同じ地に骨を埋める覚悟ですよ。安心してください」
「……だ、そうです。百欄 大介、起業は諦めてください」
ほんの少しにやけ顔になる山葵。
そんな彼女の表情に、圭介はホッとする。
「ですから、私がこうして無能なCEOにこき使われ、多忙な兄の手助けをしに来たのではないですか」
「それならば、百欄 大介の上司は、ボスは、このわさびです───頭が高い! です」
山葵は左手を腰に当て、右手で大介を指さし、それらしいセリフとともに、ポーズを決めた。
「……決まりました」
「……」
「……」
その場に、沈黙が流れる。
「……大介───……お、お茶目なんだよ、うちのボスは。可愛いだろ? ……」
「……」
大介はまだ知らない、山葵の本質を。
「……ゴホンッ、すみませんオーナー。私の足が長いもので、見下ろすかたちになりましたね」
「紀糸の方が長いです」
「……」
二人を見ていた圭介は、この瞬間悟った。
彼らを、会わせるべきではなかった。
まるでハブとマングースのように、目が合った瞬間に空気が張り詰め、水と油のように、同じ器にいても決して溶け合うことはないだろう。
とはいえ、弟の大介は自分の苦手とする部分を補ってくれる男だ。弟だからというだけでなく、アシスタントとして是が非でもそばに置いておきたい。
「───ははは! 二人、すっかり仲良しですね!」
「……」
「……」
二つの虚無の眼が、圭介に向けられた。