東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
「皐月、急にどうしたんだ」
「おお、本当にいた」
「有馬が二人います」
見目麗しい双子の間に立ち、平然と会話に参加する山葵。高身長の二人の顔を見るためには、かなりの角度で顔を上げなければならない。
当然、皐月は自由過ぎる山葵の存在が気になった。
「まさか、お嬢さんが有馬をスカウトしたっていうここのボス?」
「はい、有馬をスカウトしたボスのわさびです」
相手がスーパーモデルだろうが何だろうが、いつもと変わらない態度の山葵。皐月は、この会話だけで彼女のことがすこぶる気に入った。
「(英語)かわいいね」
「(英語)それほどでも」
「(英語)モデルとか興味ない?」
「(英語)興味を持ったらいけません、とお爺から言われています」
「(英語)それは残念。オジジは正しい」
ノーザンのカフェ内で突如英語で交わされる謎の会話。その意味を理解できたのは、有馬に続いて飛び出した山葵の後を追い、その場に駆け付けた圭介と大介だけだ。
「皐月、オーナーに失礼な事を言うんじゃない。何しに来たんだよ」
「悪い、お前のボスがあまりにチャーミングでさ───……何しに来たのかって? そうそう、エラを貸してほしいんだ」
「エラを? なぜだ」
エラとは、有馬の愛馬であるトラケーナ―種の牝馬、Elarisの愛称だ。
「撮影で馬が必要なんだよ、ついでにエラの隣でも見劣りしない、色の濃い馬も貸してほしい。わがままを言えば、撮影もここでさせてもらえると、ものすごく助かる」
すでに彼のお気に入りとなった山葵。皐月は山葵の頭を撫でながら、平然とそんなことを口にする。
山葵も山葵で彼の頭の中を覗いているのか、されるがままだ。
「どうしてそんな交渉をお前がしてるんだよ」
「だって、弟がここの施設長なんだ。俺が動くのが一番早いだろ。それに、一度来てみたかったしな」
双子とは言え、自分とは正反対の、周囲を巻き込むタイプの兄の性格に、有馬はため息を漏らすしかなかった。
「……ハァ───すみませんオーナー、こんな失礼な形ではなく正式な依頼の手順を踏ませますので……」
常識的に物事を考えるタイプの有馬が山葵にそう伝えれば……
「いいでしょう」
「え? ……」
いつもの調子で山葵はあっさり承諾してしまう。
「エラの隣でも見劣りしない馬なら、ゼロさん……シノノメ・ホースが適任です。むしろ、エラに違う牡馬をあてがったら気分を損ねてしまいます。あの二人はデキてますから」
山葵は知っている、とでも言いたげに、馬同士のスキャンダルにニヤケながら、彼女は続けた。
「撮影もノーザンでどうぞ。ただし! 撮影場所については一切明かさない事が条件です。そして、わさびも見学します」
「オーナー! 私も見学したいです! ッキャ!」
「私も!」
杏奈とコバトが遠くで挙手するが、すかさず大介が睨みをきかせ、少しはわきまえなさい、と無言の圧をかける。
「「(小声)……すみません」」
あっさり引きさがった二人に満足の大介は、自分の兄にあることを耳打ちする。
「(小声)兄さん、この話とは関係ありませんが、実は私にも似たよう話がいくつか行政からきています。どうやらここの自然と近代建築が調和し、かつ、きちんと整備されている点などが、北海道のイメージ写真の撮影にピッタリなんだとか」
大介はその話を自分の懐で温めて、いつ圭介に相談しようかと考えてた。ノーザンはアレコレと手を出してはいるが、その根本には馬がいる。なによりも馬を第一に考えているため、不特定多数の騒がしい人間の出入りは求めていない。
つまり、集客にはあまり興味がない。ごく少数で大金を落としてくれる層をターゲットにしているのだ。
大介は、山葵のこの考えは嫌いではなかった。
しかし、この方法は潤沢な資金とそれを使いこなす経営側の頭脳があってこそ成せる業だ。
幸いにして、ノーザンにはその両方が揃っている。そのことに、大介はようやく気付き始めていた。
「大介、今の話はあとでゆっくりわさびも聞きます。黙っていた事については、お仕置きです」
「……はい」
山葵は地獄耳なのだ。
こうして、シノノメ・ホースとエラリスのモデルデビューが決まった。