東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
  
 
『まったく……少し留守にするだけで、一人取り残されるような気分になるよ……ノーザンはネタに困らないな』
 
「まったくです」
 
『お前が言うな』
 
 
 シノノメ・ホースの書類上の名義は、当初のまま紀糸になっているが、実際は妻である山葵にそのすべてが一任されていた。
 
 そうは言っても、紀糸の馬であることに間違いはない為、山葵は珍しく自分から、東京にいる夫に電話をかけてモデルの件を報告した。
 
『───話はそれだけか?』
 
「はい。他にも色々ありますが、金曜日に話すことが無くなると悪いので、取っておくことにします」
 
 山葵のその言葉に、金曜日はまた長風呂になりそうだな、と考えた紀糸は、無意識に笑みを浮かべる。

『そうか……───わさび、お前は元気か? もうエアコンつけっぱなしで寝てないだろうな。また風邪ひくぞ』
 
「安心してください。寝ていません。毎晩圭介にパジャマの上着をズボンにインされていますし、エアコンも圭介に遠隔操作で消されています」

 つまり、つけっぱなしにしていることには変わりないということだろう。
 
『……ほんっと、樋浦氏には足を向けて寝られないな……』
 
「本当ですね」
 
『だから、お前が言うな』
 
 
 電話越しに聞こえてくる夫の声。
 山葵はほんの少しだけ、センチメンタルな気分になる。
 
「紀糸はまだ会社ですか?」
 
『ああ、まだやることがあるからな』
 
「ちゃんとご飯は食べていますか?」
 
『……朝と昼は食うようにしてる。わさびが田中に根回ししたせいで、いつの間にか用意されてるからな』
 
 山葵がいないとちゃんと食事をとらない紀糸を心配した山葵は、彼の秘書である田中を買収した。どんなに忙しくても、毎日朝と昼は必ず食事を用意してもらい、食べる所まで見届けるように頼んだのである。
 
「田中はちゃんと仕事をしているようですね」
 
『あいつ、わさびの名前を出せば、俺を動かせるとでも思ってるみたいだ。なんだか面白くない』
 
「実際に紀糸は動くのですから、自分が悪いのでしょう」
 
『……』
 
 紀糸は結婚して、本当に変わった。
 もちろん、周囲からもそう思われているし、本人も自覚している。
 今も、仕事中だというのに妻からの着信に浮かれ、長電話をしているのだから。
 
『わさび、これじゃいつまでたっても電話が切れないから、またな』
 
「はい、ではまた───(プツッ)」
 
『……』
 
 山葵はとんでもなく電話を切るのが早い。紀糸はいつも、もう少し余韻に浸らせてくれ、と心の中で思うのだった。
 
 
< 44 / 61 >

この作品をシェア

pagetop