東雲家の御曹司は、わさびちゃんと新婚蜜月中
「いやぁ~、ちゃんと新婚さんしてますねぇ~部屋に入るタイミングを完全に失っちゃった」
「なんだ、忙しいんだが」
「どうして俺にはそんなに冷たいんだよ!」
紀糸の幼馴染であり、東雲家の顧問弁護士の一人でもある大路 晴人が訪ねて来た。
「お前はいつも、碌でもない話しか持ってこないからな」
「そう言うなって……今日もその碌でもない話を持ってきてやったからさ」
「……」
相変わらずふざけた態度をとる晴人だが、彼はかつて、紀糸と山葵の再会のきっかけを作った立役者だ。昔ほど邪険にはしていない。
「ではまず……東雲家のご当主夫人からの伝言です───“孫はまだかしら?”とのこと」
「……」
これはいつもの定期連絡だ。すでに山葵と子作りのタイミングについて話はついているため、紀糸は右から左に受け流す。
「続いて……東雲家のご当主からの伝言です───“癌が見つかった。当主の座をお前に渡す準備を進める”とのこと」
これもいつもの定期連絡……───ではない。
「……ん? 待て待て待て、親父の方、なんだって? 癌だと?」
「そう。癌と診断するには早すぎるほどの、小さい小さい影が見つかっただけらしい。腫瘍マーカーでも反応は出てないし、完全な早とちりだろうが、本人はそう言ってる。どうする?」
「どうするも何も……まだ早いだろ」
紀糸の計画では、山葵が妊娠したら週末婚をやめ、北海道を自分の拠点とするつもりだった。必要の都度、東京へ出張という形をとる方向で調整を進めている最中なのだ。
「待った! さすがにこの件については、俺に伝書鳩を頼むなよ? たまには実家に顔出して来いよ。丁度来月、わさびちゃんとこっちで香月の結婚式があるんだろ? その時にでもさ。夫人はわさびちゃんの事、結構気に入ってんだから」
「……」
山葵を本家に連れて行くのはあまり気が乗らないにしても、当主の件については、一度きちんと話に行く必要があると、紀糸もわかってはいた。
「わかった、近いうちに顔を出すと伝えてくれ」
スケジュールを調整する必要があるな、と、ため息を一つ吐き、眉を寄せる。
その向かいには……
「いやぁ~……初めてまともな回答を持って帰れるよ! うれしいなぁ~、わさびちゃんのおかげだなぁ~」
嫌味交じりに浮かれる晴人がいた。
「うるさい、用が済んだら出ていけ」
「……(ぐすん)」
その後、ようやく静かになった部屋で一人、紀糸は椅子の背もたれに身体を預け、窓の外に広がる都会の夜景を見つめた。
───今すぐ帰りたい……わさびのいる場所に……